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c
childrenさん (7muf0ao6)2020/8/24 22:59 (No.114879)
わが教団を批判する文書に、
教主様あるいは教主補佐が「浄霊は二の次」と言ったというものがある。

正確には、
 この発言をしたのは、 教祖・明主様。
 しかも「二の次」ではなく、「ニの問題」とおっしゃっている。

なんていうか、言葉がない。
あきれ返るのみ。

批判者は、「明主様の教え」を大事にすると言いながら、
明主様の言葉を否定するだもんさ。

ものごと、正確にとらえることができれば、世の中のもめ事はかなりの部分
なくなると思う。
信仰だけじゃなく、いろんなことを正確にとらえるだけで、グダグダ言わずにすむし、
恥もかかなくてすむし、バカにされることも激減すると思う。
返信
c
childrenさん (8wvvh8wb)2023/10/28 21:54削除
現在、一種のブームともいえる現象になっているのが、
日本保守党だ。
創立のきっかけは、LGBT問題だった。
あまりにも強引な法案成立に怒りを覚えた国民がいかに多かったかというのがわかる。
いわば、国民にケンカを売ったようなものだったのだから、しかたない。

ほかにも、いろいろなことが変わりつつある。
時代は、ボトムアップへと流れているように思う。
小生的には、一人一人のなかにいらっしゃるメシアがいよいよ本格的な活動を始めたのでないかと、
ひそかに考えている。

一人ひとりのなかにいらっしゃるメシア。
小生は、人と向かうとき、その人の中にいらっしゃるメシアと接しているんだと
思うようにしている。
c
childrenさん (8wl4lqt0)2023/10/25 21:36削除
教団施設で最近、たまに耳にする言葉である。
上から来るだけなので、信者は何をすればいいかわからない。
これは、小生もまんざら感じていないわけはない。

何をしたらいいかわからない。
小生はとりあえず、教団の刊行物に目を通して、そこからの
学びを、日常生活で実践している。
それでいいのかどうかはわからない。

よく言われることだが、組織運営には、トップダウンとボトムアップがある。
率直な感想としては、わが教団はトップダウンに偏り過ぎている。
そのことに文句があるわけではないが、「何をしたらいいかわからない」という
声は、ボトムアップが少なすぎるところに起因しているような気がするのだ。

教主様は、1人ひとりのなかにメシアが、明主様がいらっしゃる。
その一人ひとりのなかにいらっしゃるメシアが、あまりにもスルーされている
気がする。
そのへんの整合性はどうとっているんだろうか。

トップダウンとボトムアップ、両方必要だと思うんだけどな。
c
childrenさん (8wl4lqt0)2023/10/24 20:59削除
念のため、「匿名さん」とあるのは、chidren、つまり小生であることを
記しておく。
パソコンを初期化したせいである。
ここは、掲示板なのに、いまだに書き込みは小生1人だけ。
実に、なんとも、泣きた~~~~い。

気を取り直して、キー打ちしよう。
意見は一致しないことも多いが、小生が現在、最も好きなお笑い人が、
爆笑問題である。
  ジャニーズ事務所が、スマイルアップになりました。
  じゃ、スマイルアップ喜多川ってことか。  (イメージ)
大笑いした。

どんなに名前や姿を変えても、中身が変わらないかぎり変わらない。
都合の悪い歴史も、どんなに表面だけ変えても、中身が変わらないかぎり、
変わらない。

宗教教団だって、名前だけ変えても、意味がないと思うな。
事実を事実としてきちんと歴史に残す。
そのうえで、浄化が進めば、新たな歴史認識に変わるんだと思うんだけどね。
匿名さん (8wl4lqt0)2023/10/22 21:39削除
たしかオーストラリア在住だったと思うが、アジア系外国人だ。
小生はまた聞きなんだが、この豪州在住のアジア人が本国に手紙を書いた。

 世界には、金ではどうにもならない国があって、オーストラリアもその一つ。
 アメリカ、イギリスなどの先進国、日本もここに分類されていた。
 
 金で50%のことは解決できる国には、彼の本国が挙げられていた。

 100%金で解決できる国に列挙された一国が、下の書き込みにある
 特別相談役になった故人が布教した国である。

金で、ということは、人脈でどんなことでも不問にふせられるということでもある。
政治体制も日本と異なる国。

こんな国で培われた価値観による信仰心。
小生には、ちょっとやそっとでは受け入れられそうもない。
匿名さん (8wl4lqt0)2023/10/21 09:24削除
少し前の教団機関誌『グローリー』によれば、
 旧教団時代の幹部であった故人が、「特別相談役」になったそうだ。
小生は、不快な気持ちで拝読した。

旧教団時代の様々ないかがわしい出来事、そのよってくる元凶は、彼だった
のかと思うことの数々。
 無実の幹部を罪に陥れようとしたり、聖地をメチャメチャにしたり、
 近年の尾行・盗聴・盗撮問題にしても、その思想の根源はここにあったのか
とな。
彼のような信仰心であれば、いかがわしいこともできるよな、とな。

聞くところによれば、彼は海外布教の経験が長い人物だという。
その国に駐在していた企業人などからよく聞くところだが、
 非常に治安がわるいのだそうだ。
 日本人など、とても太刀打ちできるような社会環境にないと、
口をそろえている。
実際、現地に駐在している日本人は、会社差し回しの車で、集団通勤していた
とまで言っていた。
地方は、そこまでわるくないとも言ってたが。

そんな国で布教されたご苦労は察するが、そこで身に付けた価値観を、
日本にもたらされたら、たまらない。

こんな人物を「特別相談役」なんて、教団も呆れたものだと思っていたが、
教団史上に残る凶行を行った特別相談役がいてもいいかなと考えた。
すべてを支配する主神様のご神業を担う教団なんだから。
すべて、だもんな。
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/9/25 21:30削除
宗教法人法は、どこまでも、宗教法人という組織についての規制法だ。
つまり、宗教部分、信仰の部分まで規制する法律ではないということだ。
ということは、「教義」の中身について、違法か合法か、反しているか
反していないかということまではタッチしないということになる。
なぜなら、憲法で、公権力が宗教に介入することはできないからだ。

もちろん、教義も、認証の範囲内に入っている。
しかし、よほど反社会的、犯罪的な教義でないかぎり、中身には触れずに
認証しているということだ。

そもそも認証というのは、申し出に対して、よほどの反社会的、犯罪的でないかぎり
認めるということだ。
ただ近年、宗教は、最も認められにくい「認証」となっていて、認可に近いものになって
いるということらしい。
それでも、教義の中身にまで介入するしつくすことはしないのではないだろうか。
誰かが、「教義違反」だと言いだせば、よほどの強力な反証を挙げないかぎり、認められて
しまうんじゃないかなと思う。

何が言いたいかというと、裁判では、組織についての判断が出ただけで、教義つまり
明主様のご神業にあっているかどうかは何らの判断もされていないということだ。
教団という社会的存在をとるか、ご神業をとるか。
二者択一を迫られたら、小生は何らの迷いもなく、ご神業を選ぶぞぉ。

なぜなら、社会的な価値は、年じゅう始終変わっていくからだ。
現在の多数説は、一つ前の時代には少数説だった。
そんな不安定なものに左右されたくないんだよね。
不安定なものは、すでにたくさん手中にあり、これ以上はあってもしかたないのだ。
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/9/24 23:03削除
ひょんなことから、宗教法人の法律、税務などについての本を
読むことになってしまった。
概ね、仏教の法人について書かれたものだが、宗教法人法であることに
変わりないので、本教についても当てはまると思う。

ざっと読んだだけだが、宗教法人が人を解任できるのは、「教義違反」が
あった場合とある。
一般法人も同じだが、解任、解雇は非常に厳格だ。
もしかしたら、唯一の解任理由が、教義違反なのかもしれない。

以前から解せなかったのは、教主様が協議違反をおかしたという主張を
されてしまったことだ。
教祖の書いたものをどう読んでも、どこにも教義違反は見つからないのに、なぜ???

もしかしたら、事実は関係なく、何か何でも教義違反でないとならなかったのでないか。
だから、どう説明しても、反教主派の教団人たちは、聞く耳を持たない。
教祖のみ教えを知らないのではなく、知っていても、事実に反しても、教義違反でないと
ならなかった。
確信犯、つまり故意犯だったということかもな。

教祖の聖言には、「ご神業の役に立たなければ、私が教団を潰す」みたいなことを
仰っていた記憶がある。

同じ信仰をしていた仲間が、「潰される」側に回ってしまったのか?
反教主派の指導者はさておき、一般信者はそこまで考えてはいないと思う。
かなり、怖いんだがな。
c
childrenさん (84fbi33v)2021/11/26 22:39
組織と信仰は、奉仕にもいえるのではないだろうか。
その昔の教会制度時代の名残かもしれないが、専従者が信者を個人的に
つかう場面がないとはいえない。
ご本人は、なんらの疑問を感じてはいないようだが、第三者から見ると、
やっぱりスッキリしないものを感じる。
信者間に格差が生じてしまうからだ。

こうした場合、よく奉仕として行われる。
しかし、個人的に必要なことやものを調達することも奉仕だろうか。
それが信仰上必要なものだったら、奉仕の枠組みに入るのだろうか。
信仰上に使われるものであって、どうしても必要なものやことなら
本部を通して行われる必要があるのではないだろう。

信者と専従者の間には、下心は割合に少ないのだが、やっぱり不都合は
つきまとう。
「奉仕」された専従者は、どうしても「奉仕」した信者を特別視しがちになる。
特別扱いされた信者が一人でもいれば、他の信者は気分がよくない。
自分は必要度が低い信者なのだと思うことだってありうる。

信者が自発的に行う奉仕ならまだしも、専従者側から申し出た奉仕は
やはり教団全体として、つまり本部を通すべきではないだろうか。

というか、奉仕は陰徳であるのが理想だと思う。
誰か一人の利益のために行う奉仕は、たとえそれが信仰上に必要なものであっても
全体として利益を享受すべきだと考えるのだが、いかがなものか。
匿名さん (84fbi33v)2021/11/23 19:32
国会議員の1日分の経費100万円が問題になっている。
100万円くらいのこと、いいではないか。
公にできない金を認めなかったら、世の中は回らない。
いろいろな意見がある。
小生も基本、小さなことに目くじらを立てないほうがいいように思う。

宗教教団でも同じで、社会の一員としての部分がある以上、表に出せない
金があってもしかたないと思う。
はてさて、今日一日中、考えてみた。

基本的には、表に出せない金があってもOK。
問題なのは、そこを狙って入り込んでくる勢力があることだ。
最初から、自分たちは下心ありだよと言って近づいてくれればいい。
しかし、度重なるうちに、正体を現し、一蓮托生状態になっていることだ。
この輩からは、どうしても守りたい。

具体的な証拠はないのだが、こうしたことから一蓮托生になってしまった人たちは、
それが弱みになって、正しいと思うことができなくなってしまうからだ。
そのへんをどこに線引きするかは、組織次第だが、
なんとか一蓮托生になってしまう人たちを守りたいと思う。

もちろんわが教団は、すべて主神様のご意図であり、浄化ではある。
あまりに厳しすぎる規制は行動を制約するので、感心しない。
そして、悪事でもいいから私益を得たいという人がいるなら、それも可としよう。
責任をとるのは、その人なのだから。
ただ、一蓮托生になりたくない人くらいは、なんとか守るためのシステムが
用意されていてもいいように思う。
匿名さん (8482szl4)2021/11/5 19:41
悪質というか、いい加減ということでは、最近、ネットで見た文書。
文書そのものは手元にないのだが、記憶では2021年10月21日付けではなかったか?
発信者欄には、「世界救世教 責任役員会」と記されていた。

この文書、本文の冒頭あたりに、
  自称「世界メシア教」
とある。

「世界メシア教」という名称は、商標登録されている。
1~2年ほど前に正式に認められたものであり、その後、なんらかの変更があったとは聞いていない。
特許庁という国家に正式に認められている名称に対して、「自称」呼ばわりする人は、まずいない。

ユニクロという会社の会社名はファーストリテイリングだが、
商標登録された「ユニクロ」に、自称と付けるのと同じだ。
こんなことを見ても、反教主様の人たちのいいかげんさ、悪質性を見るのである。

ところで、わが世界メシア教の文書でも、「世界救世教 責任役員会」という文言に、
「自称」を付する例はいくつもある。
「世界救世教 責任役員会」という名称は、なんらかの公機関に登録されたものなのだろうか?
このような名称を登録する例は聞いたことがないので、おそらく反教主派教団の内部的な名称に
とどまるものだと推測する。

つまり戸籍名、世界救世  愛称キューちゃんという人がいる。
このキューちゃんという愛称を、自称付けにしたようなものが
  「世界救世教 責任役員会」と自称する……。
というわけだ。
これは、なんらの違和感もない行動だ。
世界メシア教に自称付けするのとは、まったく異なるものだ。

この例を見ても、彼らと袂を別ってよかったと心から感謝する。
あまりにも社会通念とかいりしている組織に関与するのは、危険だと思う。
匿名さん (845dm58h)2021/11/4 20:12
信者さんが、不快そうに話していた。
 その信者さんは、別の信者さんから電話をもらったそうだ。
 「あなたの名前と電話番号を見たから、確認の意味で電話した」
 どこで見たのかと尋ねたら、主の光から出て行った人たちが出している出版物だとのことだった。
 その出版物の愛読者として並んでいるうちの一人だったようだ。

小生に話してくれた信者さんは、出て行った人たちが出している出版物は一度も見たことがないとのことだった。
元々は同じ主の光だったところから、電話番号くらいは教えていたが、住所は知らない。
その出版物は郵送されているようで、住所を知らない人のところには送られてこない。
まったく見たこともなく、読んだこともない人の名前を、読者として掲載する!?
世界メシア教内に、疑心暗鬼をもたらそうとして、いい加減なことを掲載したなら、あまりに悪質。
無意識に掲載したなら、あまりに危険。

個人情報保護がうるさい近年、小学校の父母会名簿だって、電話番号なんて載せない。
まして、宗教法人には、守秘義務が課せられているのではないだろか。
職務上知りえた他人の情報を、許可もなく、衆人の前にさらすなど、かぎりなく違法性が疑われる行為だと
思う。

宗教法人だって、社会のなかで活動している以上、社会のルールは順守してほしいものだ。
順法精神のない人たちと縁が切れたことを、主神様に感謝するばかりだ。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/10/28 20:59
賄賂の件だが、困るのは、知らないうちに共犯にされてしまうことだ。
弱みを握られてから抜け出すのは、それこそ命を、人生を的にして戦うことでもあると
いって過言ではないようだ。

主の光は、教団運営にもカツカツの状態だったようなので、こうした不祥事の噂を耳にすることは
なかった。
いづのめから来たのも、おそらくこうした闇部分にかかわっていない人たちではないだろうか。
まったくの想像だが、もしかかわっていたら、いづのめを離れることは難しかったのではないかと
思うからだ。

せっかく闇部分に関係ない人たちが集まったんだから、これからの事態に対応するシステムを
用意しておいていいのではないだろうか。
企業や役所でも、すでに対応システムを構築しているところが多い。
例えば、個人的に利益を与えられたときに、個人で断ることは現実的にはそう簡単ではない。
だから一応受け取っておき、謝礼、場合によっては返還だが、これは法人として行う。
要は、闇に置かず、光の下に置くようなシステムということだ。

今の若い人は、安心安全に暮らしたい人が多いので、たいていの人はこうした闇にはかかわりたく
ないと考えているようだ。
だから、そこへの対応システムは、いわば福利厚生でもあると思う。
信者としても、教え以外のことで、世間からとやかく言われないですむ。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/10/24 12:32
反対派の活動がまた活発化しているのだろうか。
明主様の本を、ただであげるということを口実に、世界メシア教の信者に
アクセスをしているようだ。
幾人かの信者から、同じ話が相次いで、伝えられた。

その一つが、聖地があるから、いずれ世界メシア教の信者たちはもどってくる、
というものだ。
たしかに聖地は現在、反教主派に実効支配されている。
しかし、いくら実効支配されていても、竹島は日本領土なのだ!

本音をいえば、現在、聖地がわが教団から一時的に離れていることを是としている。
なんだかんだいっても、成立間もない弱小教団であることはまちがいない。
聖地が返ってくるのは、維持するだけの体力が備わってからでいいんじゃないかと思う。
だから、聖地が反対派の実効支配下にあることは、主神様のご守護ではないかとさえ考えて
いるくらいだ。

さらにいえば、聖地を運営すると、修理や改築なおで、さまざまな利権がからんでくる。
漏れ聞くところによると、どっかの教団の建築担当者が、多額の資産を手にした云々の話も
ある。
こういったスキャンダルに巻き込まれるのも、うんざりなのだ。

この手のわいろ事件は、最初から賄賂だとは言わない。
気が付けば、共犯になっていて、もはや抜け出すことができないところに来ている
ことが多い。
こんなことに対するノウハウもないうちから、聖地を手にするのが怖いってのもある。
もちろん主神様が、聖地を運営しなさいと仰るなら、受け入れるしかないのだが……。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/10/24 12:32
反対派の活動がまた活発化しているのだろうか。
明主様の本を、ただであげるということを口実に、世界メシア教の信者に
アクセスをしているようだ。
幾人かの信者から、同じ話が相次いで、伝えられた。

その一つが、聖地があるから、いずれ世界メシア教の信者たちはもどってくる、
というものだ。
たしかに聖地は現在、反教主派に実効支配されている。
しかし、いくら実効支配されていても、竹島は日本領土なのだ!

本音をいえば、現在、聖地がわが教団から一時的に離れていることを是としている。
なんだかんだいっても、成立間もない弱小教団であることはまちがいない。
聖地が返ってくるのは、維持するだけの体力が備わってからでいいんじゃないかと思う。
だから、聖地が反対派の実効支配下にあることは、主神様のご守護ではないかとさえ考えて
いるくらいだ。

さらにいえば、聖地を運営すると、修理や改築なおで、さまざまな利権がからんでくる。
漏れ聞くところによると、どっかの教団の建築担当者が、多額の資産を手にした云々の話も
ある。
こういったスキャンダルに巻き込まれるのも、うんざりなのだ。

この手のわいろ事件は、最初から賄賂だとは言わない。
気が付けば、共犯になっていて、もはや抜け出すことができないところに来ている
ことが多い。
こんなことに対するノウハウもないうちから、聖地を手にするのが怖いってのもある。
もちろん主神様が、聖地を運営しなさいと仰るなら、受け入れるしかないのだが……。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/10/11 22:08
反教主派の人から言われたそうだ。
「そろそろ目が覚めたんじゃないのかな」
言われたほうは、言うまでもなく不快極まりないようだ。
しかし、そこは信仰者。
「あなたたちのおかげで、本当の信仰に巡り合えた。感謝している」
多少の葛藤はあったものの、怒りを乗り越えることはできたことを
喜んでいた。

なんというか、知らぬが仏。
彼らは、心から自分たちが正しいと思っているのだろう。
立場が逆だったら、小生だって、間違ったことを正しいと思い込むことは
大いにありうる。

自分が正しいと思うことをやるのはいいんだが、その場合でも、
他者を間違っていると決めつけることだけは極力避けようと思った。
返信15
c
childrenさん (7jnaaaql)2020/6/5 09:13 (No.87757)
この世のすべては、創造主が作られた。
いいことも、わるいことも。

したがって私たちの心の中の、いいことも、わるいことも
すべて創造主がお作りになったもの。

人は、自分のものは大事にする。 人でも、物でも。
神の子になるということは、創造主から「自分のもの」と思っていただくこと。
創造主が「自分のもの」だと思っていることを、知ることだと思う。
返信
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/10/8 21:15削除
ジャニーズ問題、少し風向きが変わり始めたな。
いい方向だと思う。
事務所名変更は残念な気がするが、当人たちが選択したなら
応援する。

被害者、加害者、加害者がとことん被害者を救済するなどありえないと思う。
幻想だと思う。
もちろん未成年者が被害に遭っているわけで、一定の賠償はあってしかるべきだが、
被害者の心の傷をいやすことなどできない。
成年者であっても、どんな事件であっても、日常生活のささいなことまで、
心の傷が癒されることなどない。

忘れることはあっても、何かのことに応じて、いつでもよみがえってくる。
ひどいことをいうようだが、事実は事実として認めていくことが未来を築くと
思う。

小生を含めて、1人の人間が被害者にもなれば、加害者にもなっている。
どちらの歴史を抱えて生きていくつもりだ。

なにを言いたいかというと、被害者も加害者も、負の歴史を抱えて生きてほしいということだ。
抱えている負の歴史をどう乗り越えていくか、そこが幸不幸の分水嶺だと思う。
ありもしないリベンジ、癒しなどにこだわって生きるなんてバカバカしい。
さんま、たけしなど、長く活躍している芸能人は、負の歴史から逃げず乗り越えてきている
ように思う。
 生きてるだけで丸儲け
さんま氏の名言だが、小生はくやしいとき、よく思い出している。
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/9/29 22:53削除
ジャニーズ事務所、名称を変えるみたいだな。
事務所名存続については、非難ごうごうだったせいだろう。
小生は、事務所名を存続させることに賛成だったし、存続させると
いうから、彼らを応援する気になっていた。

都合がわるいことがあると、名前を変える。
よくあることだ。
しかし、名前を変えたところで、中身は変わらない。
だったら、負の歴史を背負っていくほうが頼もしいと思うし、
潔いと思う。

われら人類の歴史なんて、負ばかりだし。
われら個々人の歴史だって、負ばかり。
負の歴史を背負っていくほうが、人類にとって未来は開ける気がする。
表面じゃない、中身だと思う。
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/9/14 21:37削除
中年女性たちの会話がおもしろかった。
 男が性被害に遭ったら、あれだけ騒ぐだもんね。
 女性芸能人なんて昔からもっとひどい目に遭ってるっていうじゃない。
 でもスルーよ。
もちろんジャニーズ問題についての会話だ。

マスコミにもネットにも、この声はあがっていないようだ。
声なき声というか、こうした声が意外に多数派なのかもしれない。
ついでに、こんな会話も聞かれた。
 男が性被害に遭っても、別に具体的な被害はないわよね。
 結婚ができなくなるわけじゃないわよね。
 女のほうが大問題なのに、ねぇ。

この女性たちが言っている女性芸能人の被害も、ジャニーズ問題にまさるとも
おとらず昔からささやかれてきた。
かといって騒ぎ立てるマスコミも芸能人もあまりいない。
もっとも、どこまで事実かどうかは不明だ。

芸能関係者は、こういえばマスコミはとりあげてくれるだろうことを
発言する習性がある。
どこまで事実かわからないことを、一々問題にしなかったからといって
あそこまで責められるのが納得できないってのもあるよな。
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/9/12 21:40削除
しかし、ジャニーズ事務所の未来は険しいね。
性問題への国際的非難が怖い。
だからといって、すでにこの世にいない人、反論できない人の
行為を、一方的に責めていいものだろうか?
後継者の未来を潰していいものだろうか?

反論できない立場の人間にすべての罪をなすりつけて、断罪する。
この部分に納得できない。
どんな悪事を犯した人間だって、その生涯のすべてが悪事で成り立って
いるとも思えない。
いいこともしているはずなんだ。
いいことの部分をなきものにして、ひたすら悪事だけを責め立てる。

こんなことをしていたら、人類の未来は崩壊するだけではないだろうか。
なぜなら、一つの悪事も犯していない人間なんていないのだから、
潰す要因はいくらでもあるわけだ。

行為の善悪を明確にしていけば、あとはどうでもいいんじゃないのかな。
二度と同じことを繰り返さない。
こっちのほうが大事だと思う。

思うに諸外国の思想は、善悪二元論が多いように思う。
日本の、罪を憎んで人を恨まずという思想。
どちらが人類の未来に貢献するか。
そのへんを考えてほしいね。
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/9/11 22:11削除
忙しい、忙しいと言いながら、2つの記者会見を見てしまった。
2人の弁護士といったほうが正確かな。

1つ目は、旧統一教会。
この弁護士、拝見するのは2度目だが、
前回と同様、論理構成はすげ~~説得力あると感心した。
こんな有能な弁護士がいながら、なぜ、あそこまで意味不明の行動をして
しまうのだろうか。
その点が、脳裏に残ったね。

2つ目は、ジャニーズ事務所。
問題になっている件は、まちがいなく2度と起こってほしくない。
だから、再発防止、2度と起こさなければ、それでいいじゃん! って感じなんだよね。
それなのに、あそこまで追及する理由がわからん。

ところで、同席した弁護士。
かなり前のことだが、小生は1度だけお会いしたことがある。
そのときは、とても元気よくしゃべる方だった。
記者会見の様子とはかなり違っていた。

そんなことはどうでもいいんだが、お会いしたときの話のなかで記憶していること1つがある。
 昔は、都合の悪いことは話すなというのが、弁護士方針の主流だった。
 でも最先端の弁護方針は、都合がわるくても、事実を話せ。
 あとでバレたほうが、怖い。
 致命的打撃を受ける。
以来、小生は、日常生活でも参考にさせていただいている。

ジャニーズ事務所が、最初に、加害の事実を認めたのは、彼の弁護方針が変わっていない
ことを推測させる気がした。

ネットでも、批判的な意見が多いが、ヒガシ新社長に頑張ってもらいたい。
事実は、神が作ったものだと考えるからね。
c
childrenさん (8hlmn685)2023/8/14 21:23削除
林真理子さんといっても、日大問題ではない。
彼女が理事長に就任する少し前、ホリエモン氏とのユーチューブ対談が
行われていたようだ。

育児で時短勤務をする母親は、皆に迷惑をかけるのだから、退社する際、
 申し訳ありません。
と一言付け加えたら、職場の雰囲気はよくなる。
と、林真理子さんが言ったら、
炎上。
つまり非難ごうごうだったのだとか。

非難の内容は、
 子どもを育てているんだから、早く帰るのは権利。
 謝るのは、おかしい。

これに対して、ホリエモンさんは、
 日本語力がない。
と林真理子さんを援護。

その通りだと思う。
 「申し訳ない」の言葉を、謝罪の意味にしか解せない現代人。
申し訳ないの言葉に込められた無数の意味を理解できていない。
困ったものだと思う。

もう一つ小生は言いたい。
 時短勤務で早く帰るのは、権利だというのは同意。
しかし権利を無遠慮に主張していたら、他人の権利とぶつかるのは必至。
無言の権利、耳にも目にも見えていない権利への配慮をできるかどうか、
この感覚があるから、日本はわりに平和な社会を築けてきたと思う。

権利を主張するなら、
 早く帰ろうとするのを邪魔する人が出てきたとき、
そのときが最高の権利主張の場だと考える。
権利の主張は、難しいのだ。
センスが必要だと思うぜ!
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/7/6 22:08削除
某国の、昔の、医療。
陣痛で苦しんでいる女性がいると、医師は、火箸を火にくべ、
女性に当てるだとか。

苦痛は、1カ所で起こる。
もう1カ所で苦痛が起これば、陣痛の苦痛は消えてしまうという理由だ。
聞いているだけで、身の毛がよだつ。
人間の考えることはこんなものだ。
現代人だって、そう遠いところにいるわけではないと思う。

自分の苦しみから逃れるために、他者を苦しめる。
都合が悪いと、他者のせいにする。
わりとありがちなことではないだろうか。

思うに、絶対力がない世界だったことが最大の原因なんだろうな。
絶対力が出たんだから、間違っても2つ目の苦しみを生み出すことは避けよう。
真の解決ができる時代になったのだから。
c
childrenさん (84fbi33v)2021/11/29 21:23
イエスは、アラム語を話していたという。
現在、アラム語を理解できる人はほとんどいない。
マホメットは、読み書きができなかった。
シャカがどうだったかは知らないが、シャカの仰ったことがどこまで
伝わっているかは疑問付を付けたくなる。

イエスの教えだとされている新約聖書だが、中世、近世を通じて、
読み書きのできる人はかなり少ない。
教科書に出てくるような大王だって、読み書きができない例は多いらしい。
こうした時代に読み書きができたのは、宗教関係者だけと言って過言ではない。
イエスを知らない、聖書も読めない時代に、教えを知りたいと思えば、
教会関係者の言うことを信じるしかなかった。
だから宗教の地位は、高かった。
これが教科書的に習う歴史だ。

現在ではどうだろう。
ほとんどの人が読み書きのできる時代なのに、
意外に、みんな聖言を知らないことに驚いた。
小生自身も、教主様に出合うまで知らなかった聖言が数多くあった。
今まで知らなかった聖言を知るにつれて、明主様の仰ることが理解できる
ようになった。
正比例的に、疑問が減り、納得できる部分が増えていった。
疑問が減るということは、その分だけ、社会に対しても堂々と
信仰を語れるようになることでもある。
なんていうか、自信がないと、他人に信仰を語ることが今ひとつ
ためらわれるものだ。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/9/16 19:59
同じ論理は、教団でもいえる。
尾行・盗聴・盗撮などといういかがわしい行為をしなければ
治まらない教団って、何なんだぁ?

主神様のみ心に叶わないような組織になってしまったから、
いかがわしい行為をしなければならなくなったということだろう。

教主様の役割、
教団の役割、
この辺の明確な線引きが必要になってきたように思う。

神を祀る存在である、教主様。
俗世界での活動を担う、教団。
教団指導者が、信仰を教えるような組織って、やっぱり変だったと思う。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/9/14 19:33
国内、支配地の主は、その地域の不満をぎりぎりまで知らないそうだ。
部下は、主が嫌がることは伝えないで、いいことばかり伝える。
だから主は、自分がいい政治を行っていると勘違いし、不満はますます
大きくなっていく。

他のことはいいとして、わが教団では教主様に、教団幹部はどこまで事実を
伝えていたのだろうかと思う。
教主様は、信徒の思いを知らず、だれでも感謝の生活を送っていると勘違いする。
そんなことが積み重なって、教主様と、教団幹部のとのすれ違いになってしまった
のかも。

幹部は、教主様の喜びそうなことしか伝えないから、教主様に笑顔で迎えられる。
教主様の笑顔を見た幹部は、自分は正しい信仰をしていると勘違いする。

主神様だって、どこまで本当のことを伝えられているだろう。
主神様だから、すべてをお見通しだから……ってのはあるけど、
主神様は人間の想念をお使いになるわけなので、やはり事実をそのままお伝えしないと
いけないように思う。
返信10
c
childrenさん (7laq1we1)2020/7/16 23:33 (No.102810)
農薬、医薬だけじゃなく、人間関係がうまくいかないときには、
「邪神の働き」と言い出す信者もいたりする。

こうした傾向は、つねに原因を他に求めるところから発生すると思う。
マルクスやレーニンに通じ、原因を他に求める思想からだと考えている。

たしかに農薬や医薬には害があるし、邪神の働きもあるだろう。
しかし、農薬も、医薬も、邪神も、すべて主神様がお作りになったもの。
主神様にお委ねしていればいいと思う。

他に原因を求めたり、他の欠点を探す習慣が身に着くと、やがて自己破壊に
つながりかねない。
人間は、どこかに必ず欠点があるのだから、そこに目が行く習慣が身に着くと、
他を攻撃し、他を攻撃すれば、やがて自分も攻撃される。

小生は納得いかないことがあると、「メシアの御神さまぁ、み心をいただかせて
ください」と心のなかでメシアの御神様を求める。
その結果、8~9割は道が開ける。 あくまでも小生個人の体験からくる実感では
あるが。
返信
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/9/30 14:34削除
企画を出してくれ。
以前から幾度か依頼があったものの、あれこれ変更を求められた挙句、
いつも結局、没。
そんなところだったが、ご苦労なことに一応、出した。
正社員じゃない弱みだな。

正社員じゃない弱みは、企画内容にも現れる。
自分の想いとは違っていても、相手が気に入るようなことを、ついつい
したためてしまう。
そのうえで、あれこれ難癖をつけられて、最終的に没。

そんなくり返しなので、どうせ没なら、自分の思い通りに書くぞ!
相手の思惑なんぞ、知ったこっちゃない。

というわけで、企業の利益も、担当者の立場も一切無視し、書きたいことを
書きまくった。
どうせ、没なんだし!

そんなことで出した企画の返答が来た。
 無事に、決裁されました。
 企画に沿って、進めてください。

なんだとー!
うれしい♡

あんまり相手の気に入ることばかり忖度するより、
自分の気持ちを素直に表現したほうがいいのかもしれない。
人間が心の中で考えていることなんて、同じようなものかもしれないと思った。
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/9/27 21:47削除
夏が終わり、インフルエンザに加えて、コロナもまた発症し始めているようだ。
インフルとコロナ、医学的には、いずれもウイルスが原因とされている。
通常の風邪などの原因とされている細菌は、細胞分裂(?)などで増えていくので、
生物の一種とされている。

対してウイルスは、いわゆるコピーされて増えていくので、生物には分類されない。
つまり、細菌などより、もっともっと小さい、微粒子なのだ。
微粒子の世界は、物理学の分野だ。

ある医学者が言ったという。
 医学だけではどうにもならないんだよ。
 物理学者の手を借りないと無理。

コロナ対策がちっとも功を奏しない理由は、このへんにあるのかもしれないと思ったりする。
医学者だって、自分たちでどうにもならないんなら、物理学者の手助けを求めてもいいじゃないか
と思うんだが、これがなかなかできないんだよな。
鼻が邪魔をする。

われら信仰者が見ればまた違う見解もあるんだが、まずは物理学者の手を借りてほしいよな。
自分たちの鼻なんか、ひとまず置いておいて。
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/7/24 21:52削除
裁判官、検察官、弁護士の法曹3者を育成する法学修士課程といえる、ロースクール。
卒業生は、司法試験を受験し、合格して法曹への道を歩みだす。
ロースクール開校当時、ある教授に会ったことがある。
司法試験に高い合格者を出している理由を尋ねた。
 女子学生が皆を引っ張ってくれていたんですよ。
 先の見えない試験に挑んでいるうちには、落ちこぼれそうになる学生も出てくる。
 そうした学生に、彼女は「一緒にやろうよ」と声をかけていた。

数年後、ひょんなことで、この女子学生に会うことになった。
まったく関係のないこと訪問し、話しているうちに、件の女性学生だとわかったのだ。
 どうせなら、皆で一緒に合格したいなと思ったの。
 休みがちになっている学生に声をかけたりもしていたけど、無理やり誘ったりはしていないつもりよ。
彼女は、1回目の司法試験で合格。
一緒に勉強した仲間たちも2名を残して、1回で合格。
不合格だった2名も翌年には合格し、最終的に1人残らず、法曹人として活躍することになった。

一方で、やはり高い合格率を誇るロースクールに通いながら、断念した女性もいる。
 皆、ライバルなのよ。
 足を引っ張ってばかりで、とてもついていけなかった。
 あんな人たちが、裁判官だの弁護士だのになってるなんて怖い。

この女性2名ともに、法学部出身ではなく、ロースクールで初めて法律の勉強をすることになった。
勉学の日々は並大抵ではないことは想像つく。
そのうえ、その後の2人の道は分かれた。
そこに、物事への向かい方の差があるように思えてならない。

断念したほうの女性も、やはり優秀だったように、その後も活躍してはいる。
ただ、少しでも自分の足を引っ張りそうな人が登場すると、いち早く、その人物を排除するというのが、
彼女に向けられた定評だ。
知らないのは、彼女だけである。
c
childrenさん (84fbi33v)2021/11/16 22:04
専従者さん方に違和感を持つようになったのは、おそらく一元化後だったと思う。
一元化から7~8年過ぎたころからではなかったか。
「仕事がないから専従したわけじゃない、この信仰こそ最も尊いと思ったからだ」
その言葉には頼もしさを感じたし、好感を持って受け入れていた。

それまでは、仕事がない青年を専従にすることがよくあった。
こうした人たちと同じように思われるのが不快だったのだろう。
そこまではいいのだが、少しでも不快な言葉にはやたらに反発する。
自分の価値を認めさせようとする。
これは、鼻についた。
それでも、それなりにうまくかわしていた。

しかし、価値を認めさせようとすればするほど、無価値に見えてくるから不思議だ。
表面的にはおだてていても、内心では見下してしまう。
「はいはい、あんたが大将」
の世界だ。

これが頂点に達したのが、締め出しをくらった布教所の所長だったのかもしれない。
背景には、
「信者がついてこないのは所長への尊信がないから」
とでも言われているのだろうかと思ったりしていた。

実際、これは所長ではなく、女性の代表世話人からの言葉だった。
「私のこと信頼してるって言ったじゃない。なのに、どうして私の言うことを聞いてくれないの」
はぁ!?
信頼していると言ったかどうかの記憶はないが、単なるリップサービスくらいで言っていたかもしれない。
そんなことはどうでもいいんだが、思っているのは、小生は
神様を信じているのであって、人を信仰しているわけではない、
ということだ。

言う通りにしないから、信頼されていない。
言う通りにしたら、信頼されている。
この判断基準を振り回されたら困るよ、本当に。
この布教所にいた1年くらいの間、小生が本当に言いたかったことは、
「頼むから、信仰の邪魔をしないでくれ」
これだけなんだよね。
小生のワガママかもしれないが……。
匿名さん (84fbi33v)2021/11/15 20:22
その後もしばらく、小生はその布教所に通い続けた。
好奇の視線に包まれていたのだが、見て見ぬふりを決め込んでいた。
やがて小生の私生活にまで入り込んでくるようになった。
親切という仮面をかぶりながら、好条件の話を持ち込んできたのだ。

小生は、私生活と信仰は切り離す方針を堅持していたので、非常に不愉快だった。
信仰上で知り合った人でも気が合うことはあるので、仲良くなることはある。
そういう場合は例外としてあるが、めったにはない。
まして代表世話人はすべからく女性だ。
仲良くする気持ちなどサラサラないのだ。

断ったら、また何を言われるか。
こういう場合、「所長のいうことを断るのは、神様に背くことだ」という
論法で来る。
不思議なもので、そう言われると、自分は神様に背いているだろうかと
不安になる。

思い余った小生は、神様に自分の気持ちをそのまま奉告した。
「もしかしたら神様に背いているのかもしれないし、自分はどうしても布教所の人たちの
言う通りにはできません。だからといって、信仰を止めることもできません。たとえ、神様から
嫌われているとしても、神様への信仰を止めることはできません」
今から思えば、ばかっぽい話なのだが、当時は本気だった。
一世一代の祈りと言ってもいいくらいだった。

祈り終えて、明主様のお写真を拝見した。
すると笑っているような表情だった。
いつもなら、睨んでいるのに、不思議なほど笑っていた。

その笑顔で決心した。
その布教所を去ろうと。
あとのことは、何も考えずに、とにかく去ることにした。
まもなく、現在につながる布教所にご縁をいただくことになった。
匿名さん (84fbi33v)2021/11/14 20:30
小生の場合、いったん締め出されたものの、
締め出した代表世話人さんとは別の代表世話人さんによって、入室できた。
これは既遂になるのか、未遂になるのかという話だが、このテーマとは
関係ないので、考えないことにする。

「どうしたの、そんなところに立って」
「入ろうとしたら、ちょっと待ってと言われて、ドアを閉められたんです」
「そんなの関係ないわよ、入りなさいよ」
というやり取りがあった。

では、なぜ、締め出した代表世話人さんは、小生を締め出したのか。
聞いたわけではないので、想像に過ぎないが、
小生の悪評が、一定の信者さんの間で共有されていたのだと思う。
入るように言ってくれた代表世話人さんも、そのことを知っていたのかもしれない。
そのうえで、信者を締め出すことに同調しなかったので、わざわざ出てきて、なかに
入るように言ってくれたのではないかと考えている。
ま、いづのめさんよりは救いがあったということだろう。

締め出した代表世話人さんだって、けっして悪人タイプではなかった。
ただ、布教所長の顔色をうかがうところがあって、小生を締め出すことが正しいと勝手に
判断したのではないだろうか。
所長室から出てきて、すでに布教所内に入っている小生を見て、ちょっと驚いた表情に
なっていたが、何も言わなかった。
その布教所長も、締め出しまではNOと言ったのだろう。

本人に知られなければ何を言ってもいいと思うのだろうが、一旦、口に出したら、
一人歩きするものだ。
だから小生は、守秘義務体制が整っていない場では、けっして人間に対しては、大事なことは
打ち明けたりしないのある。
その点、神様に奉告したことは一度たりとも他にもれることはないし、
意図を取り違えられてしまうこともないからだ。
匿名さん (84fbi33v)2021/11/12 19:59
締め出された日の前だったか、あとだったかは定かな記憶はない。
布教所長が面談すると言うので、呼ばれた。
突然だったと思う。
口火を切ったのも、突然だった。
「何を解決したいんですか」
「?」
「どんな悩みから救われたいのですか」
小生は、すでに呆れていた。
 信仰をするのは、小生にとって当たり前のことであり、
 何かの悩みがあるから信仰をするというイメージがなかったのだ。
もちろん、悩みなどは常に、有り余るほどあるのだが、わざわざ口に出す気持ちは
なかった。
それまでの信仰生活はいつもそうだった。

完全に諦めきった小生は、答えた。その年は日照りがニュースになっていた。
「雨が降ってほしいですね」
布教所長のほうも、無礼な奴という表情を隠さなかった。

なんというか、小生には悩みを他人に話す習慣はない。
どうでもいい悩みなら、だれかれかまわず話しまくるが、大事なことはけっして
他人には話さないのだ。
なぜなら、どこで、どういうきっかけでもれてしまうかもしれないからだ。

この布教所だけではなく、世話人さんとか代表世話人さんとかが、信者さんから
聞いた話をあちこちで言いまくっているのを嫌というほど目にしてきた。
もちろんわるぎはないことはわかっているが、悪気がないからといって
何でもやっていいということにはならない。
守秘義務体制をきっちり構築できていない段階で、
とても大事な悩みなど話す気にはなれない。
もちろん神様には何でも打ち明ける。
それだけで解決することも多い。
何より、小生は神様を信じているということが最大の理由だ。
匿名さん (84fbi33v)2021/11/11 19:33
世界メシア教は、いづのめ教団・東方の光教団の信者さんが、主の光教団に合流して
誕生した。
合流したいづのめの信者さんの多くは、いづのめ教団の施設から締め出されたことが
発端になっている。

小生は、いづのめではないが、一度だけ教団施設から締め出された経験がある。
転居に伴い新しく所属した、当時の言い方でいう布教所だった。
その布教所は、布教所長の意向か、信者さんたちの間でいつの間にか出来上がった
システムなのかは定かではないが、上位下達が厳粛に行われていた。

昔から自由主義者の小生には最初から、いやな空気が漂う布教所だった。
そのせいでもないのだが、聖地での大祭など、小生はかねてから親しくしていた
他の布教所の信者さんと行動をともにすることが多かった。

新しく所属した布教所の人たちは、そのことを快く思わなかった。
それは当然すぎるほど当然のことなのはわかるが、それまでの信仰生活のなかでは
しばしばあったことだし、それに対して、なんらかの文句を言われた例を知らない。

しかし、新しく所属した布教所の人たちは、こう言った。
「あなたはもうこの布教所の所属なのだから、他の布教所と行動を共にされたら
困る。それが組織というものだ」
ま、こんなことがきっかけだったのが……。

例外を一切認めない組織というものは、あるのだろうか。
法律だって、原則と例外で構成されているのに、だ!
返信8
c
childrenさん (7ogx2gbk)2020/10/4 21:35 (No.127099)
負傷。イテテッ

腕の負傷により、キーボードが打てない。
一週間を経て、なんとか打てるようになったものの、右手がダメ。
痛すぎる。

浄霊すらできない状態だが、回復は早いのだそうだ。
なんだかいっても医療にかからずにすんでいることが早い回復になっているのかもしれない。

また、今回の負傷の前に、慢性的になっていた不調が不思議に消え去った。

ご守護はそこらじゅうにあるということだろう。
返信
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/9/23 22:07削除
知人の父親が、転んで頭を打ったのだそうだ。
その場では何ともなかったものの、帰宅して1週間。
知人が訪ねたところ、部屋が乱雑になっていた。
父親は几帳面な性格で、常に室内を埃一つないほどきれいにしていたとか。
驚いた知人は大急ぎで病院に連れていった。

すると右延髄に内出血の血が凝固し、頭脳の正常な働きを阻害していた
とのことだった。
そのまま半身不随になるかと思っていたそうだが、ある日、父親は
「まだ生きたい」
という気持ちに襲われた。
その日を境に、みるみる元気になったという話しをしていた。

小生も最後に転んで、頭を打って、かれこれ1カ月。
今のところ、何ともなく日々を過ごしている。
しかしだ、救急車こそ来たものの、医療は受けず、1日だけ休んで
あとは土日も仕事をしていた。

日ごろ、気づかないけど、主神様のご守護というか、愛というか、
今さらながら気づかされた気がした。
気づかないって、恐ろしいね。
元気になって当たり前だと思っていたんだもんな。
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/9/16 20:42削除
このところの多忙もあって、脚が痛い。
とくに寝不足のときの痛みは、ひときわだ。
このままギブアップしてしまおうかと思ったりすることもある。
そんなとき、ふと思い出す。
 主神様は、小生たちのなかにいらっしゃる。
ということは、もしかしたら、主神様もこの痛みを感じていらっしゃるのかもしれない。

そう思った瞬間、いくぶん痛みが軽減する。
こうして毎日仕事を続けさせてもらっている。
小生はけっこう高齢なんだが、事情があって、働かないと生活できない。
仕事が続けられることは、本当にありがたい。
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/8/30 21:50削除
暑いね、忙しいね、痛いね。
初めての仕事を受注したせいもあって、時間がいくらあっても
覚束ないくらい、忙しい。

そのさなかに、また転倒してしまった。
頭にこぶができて、枕に当たるたびに、イタッ、イタッ、痛っ。
職場は一日休んだだけで復帰できたが、頭も、脚も、手も痛い。

それもようやく少し、収まってきた。
忙しさにかまけることなく、マイペースで、誠意を失わず、取り組もう。
正社員ではない小生みたいな立場の人間にとって、忙しいことは精神的は
嬉しい。
この嬉しさがあるから、何とか頑張れるんだろうな。
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/7/23 21:53削除
痛みの程度と種類、場所は変わっているが、脚が痛いのは依然として
続いている。
ラッシュ時など、人に押されるのが怖い。
脚に力が入らないので、ちょっと押されただけで転んでしまう。
駅でも、乗り換えでも、急いでいる人は無数にいる。
それでも、脚を引きずっている小生を押してくる人は、まだいない。
よちよち、よたよた歩いていても、皆、小生をよけて上手に急いでいる。

世界じゅうが同じだろうか?
昔から同じだろうか?
人間界以外でも同じだろうか?

世の中には、強いもの勝ちの世界はいくらでもある。
現代でもある。
そうした世界では、小生のように体が欠損した生き物は生きていけない。
餌食にされるだけだ。
それなのに、小生は仕事をし、生きている。

これは、すごいことだ!
人生も終盤を迎え、ふと、そんなことを思ってしまった。
じゅうぶん、天国じゃん!
脚、痛いけどな。
c
childrenさん (85dmj2x1)2023/2/16 21:17削除
光と栄を欲する者は来れ、
 来りて、神の御名を奉唱せよ。
ふと浮かんだ言葉だ。

たぶん聖言だと思うが、正確かどうか自信はない。
もしかしたら、聖言でもないのかもしれない。
なんと無責任なことだが、心強い言葉だ。

仮に聖言だとして話を進めるが、
 来りて、浄霊をお受けせよ
とはなっていない。

この2日ほど、足の状態がいい。
その前、昨年末から足の状態は最悪。
ごくたまに軽減する日はあったが、総じて強い痛みにさいなまれ、
通りすがりの人までもが、心配して声をかけてくれるほどだった。
なんとか仕事だけは続けていたが、痛い、痛い、痛い毎日。

いろんなことを考える。
浄霊をさせていただいていたら、こんなにならずに済んだかもしれない。
教主様だって、浄霊をするなと仰っているわけもないかもしれない。
いや、それでも教主様は、浄霊をしないことを望んでいることはたしかだ。
明主様を継承する教主様が望んでいることなら、明主様も望んではいないだろう。
もう1日だけがまんして、それでもどうにもならなかったら、浄霊再開だ。

そんなことを考えていた日々、真明様の聖言。
ご自身の肌荒れについてのご発言だ。
 健康を維持するための肌荒れ、感謝しなければならない。
こんな趣旨だった。

そうか、痛いけど、やはり健康を維持するために必要な痛みなのだ。
感謝してみよう。
この思いが浮かんだ日を境に、足の痛みは一気に軽減。
もちろん浄霊再開の前だ。

この先のことまではわからないが、とりあえず、現在は足はかなり楽だ。
c
childrenさん (85dmj2x1)2022/12/25 22:15削除
神元年と銘打って3日目。
今日は、仕事が一段落して、2日ぶりに外へ出た。
足が、あんまり痛くない。
この寒さのせいか、ここ1~2週間は、最悪の痛みだった。

しかも、座りっぱなしの作業を終えての、外出なのに、痛くない。
小生の足は、長時間座ったあとほど、痛みが強い。
だから、痛いのは覚悟しての外出だった。
神元年と関係があるかどうかわからないが、とりあえず嬉しい。

もっとも、この痛みは、痛くなったり、軽減したりを繰り返している。
おまけに家の中にいるときほど痛い。
外に出たとき、しばらく歩いていると、軽減する。
だから仕事ができる。

明日からまたどうなるかわからない。
痛むたびに、足が力を増していくのは間違いない。
これまでの経験から、そうだ。

明日から痛いかどうかわからないが、仕事ができるのは、実にありがたい。

話は変わるが、神元年、具体的に何をどう変えていけばいいのだろうか。
この土日は、神元年前とほとんど変わらず過ごしたのが……。
c
childrenさん (85dmj2x1)2022/12/4 23:03削除
このところ寒さと雨のせいか、足の痛みが増している。
徐々に痛みが消えていっていたのに、前にも増して、痛い。

痛みはそのままだが、気が付くと、足が腰のあたりまで上がるように
なっていた。
以前は、ほとんどすり足。
能役者でもないのに、すり足はやはり不便だ。
道路の黄色い点字ブロックでさえ、注意していないと突っかかってしまう。
しかし、腰まで上がるようになれば楽になるだろうと思う。

不便が増すたび、痛みが増すたび、機能は回復していくようだ。
これが順調な浄化過程ということだろう。

もっといえば、不利益があるたび、利便性が向上しているということかもしれない。
不利益なしに、利便性だけが向上してくれれば、それに越したことはないのだが……。
図々しいことを言うのは止めておこう。
c
childrenさん (85dmj2x1)2022/10/16 22:00削除
二度目の負傷から3カ月が過ぎようとしている。
元々右足がわるいうえに、右手まで満足に使えなくなって、
日常生活は不便きわまりない。
それでも、薄紙をはがすペースでは回復し続けている。
日々のペースでみると一進一退だが、1週間のペースで見ると、
明らかに回復しているというところだな。

そんななか、知人も知人も、小生と同じ時期に、同じように負傷したのだと
聞かされた。
年齢的にも似てようなものだとのことだ。

ちかごろは医療や薬害を知る人が多く、その知人の知人も医療にはほとんど
かからず対応していたそうだ。
ところが、炎症したのか、膿がたまるようになってしまい、ついには
手術するしかなくなったのだそうだ。

小生も一進一退を続けるなかでは、焦りもあるし、痛みがひどいときもある。
そんなとき、少しくらい浄霊したほうがいいのではないか。
浄霊すれば、もっと早く回復するのではないかと、思ったりする。
しかし、浄霊を止めようというようのは一旦決めたことだし、
この年だから、最悪の事態になろうとも諦めもつく。
そう思って、浄霊はせずにきた。

知人の知人の話を聞かされて、
炎症することもなく、一応は順調に回復している。
やっぱり天国、お光のなかで暮らさせていただけていることを改めて確信したしだいだ。
c
childrenさん (85dmj2x1)2022/9/4 20:48削除
女子マラソンといえば、真っ先に名前が浮かぶのは、高橋尚子さんだという
人は少ないないだろう。
彼女は数々の記録保持者だが、数々の事故にも見舞われていたそうだ。
胃痙攣、毒蛇に噛まれる、ケガによる喉の痛み……、不思議なことに記録を出す直前には、
様々な事故による故障に悩まされてしまうとのことだ。

3日間点滴だけで過ごし、少し歩くのもフラフラな状態の翌日、40キロを走ったことも
あるそうだ。
常にマスコミに追われているわけだから、体の不調を悟られるわけにはいかないという事情が
あったからのようだ。

もっとも彼女は、悩まないのだという。
突発的な事故で体の不調をきたしたら、その状態でしなやかに対応していけばいいと考えていた
のだとか。
その状態で、やれるだけのことをやっていけばいいという考えのようだ。

元気の出る話だ。
小生も事故や多忙でフラフラな状態のまま日々を過ごしていることも多い。
小生、久々の休みでフラフラだが、明日もやれるだけのことはしようと思う。
c
childrenさん (85dmj2x1)2022/9/3 22:37削除
今度こそムリかと諦めかけた昨月末の仕事。
なんとか無事、期限に間に合わせてクリアできた。
一部、今月になってしまったが、まぁ大丈夫だろう。

実は小生、祖霊大祭の少し前、またもや転倒し、右手が使えなくなっていたのだ。
今度は路上で転倒し、救急車騒動にもなったのだが、こちらもようやく回避し、
通りがかりの人に助けられて、その日の仕事も無事にクリアした。
仕事を後輩たちに依頼し、早めに帰宅。
家にもどったとたん、いいようのないほどの痛みに襲われた。

外にいたときは、転倒のさい頭を大きく振ったので、貧血状態にあった。
そのせいで痛みには気づかなかったのかもしれない。
言いようのない痛みが続いた1週間は仕事を休んだが、動かさなければ痛みはなくなったので
翌週は出勤した。
以来、先々月末のハードスケジュールは泣きながらクリアしたものの、
痛みはかなり軽減したものの、先月末は仕事量が半端じゃなかった。
いずれも、周りに助けられながら、何とかクリアし、今は安堵しているところだ。

さすがに二度目の負傷となると、いろいろ考える。
神様に見放されたのではないか……、その類の不安はこみ上げてくる。
それならそれでしかたないと思い、なんとか常の生活を続けていたのだが、
念のためだと思い、今回は浄霊を完全に止めることにした。
見放されるとしても、神様の仰ったとおりのことをしてから見放されようと
いう思いだった。

以来、まだ右腕は完全に伸ばすことも、完全に曲げることもできない状態ではある。
しかし、無理に動かさなければ痛みはない。
内出血で、右腕の3分の2強ほどが真っ黒になったが、今はほとんど元にもどっている。
体の状態も、別段、異常はない。
c
childrenさん (85dmj2x1)2022/5/22 20:49
キリスト教化攻撃に飽きたのか、徒労だと悟ったのかは定かではない。
元教団の連中は最近、「浄霊なくなった」攻撃に転じたようだ。

小生の知る限り、浄霊はなくなっていないし、禁止されてもいない。
実際、小生は眉間に3分の浄霊は現在も続けている。
どうしても脚が痛くてたまらないときは、手をかざすときもある。

その程度の状況だが、いえるのはかつてのように長時間の浄霊をいただいていたときに
比べると、効果といってはおかしいが、反応が短時間でかつ顕著になった気がする。
やはり浄霊は二の問題にしておくのが、主神様の意図に叶うのではないかなと思っている。

現在だって脚が痛むことはあるが、仕事は支障なく続けられている。
それどころか、仕事は一層のハードにしている。
長時間脚を使ったあとはさすがに痛むが、その痛みがおさまったあとは、以前より
わずかながらでも力が入るようになっているし、丈夫になっていくのを感じる。

いくら攻撃しても、事実がある以上、やはり徒労に終わるんだろうな。
百聞は一見に如かず、なんだよな。
事実は強いよ。
c
childrenさん (85dmj2x1)2022/5/11 22:06
2週間ほど前から脚の調子が一段といい。
軽い痛みはあるものの力が入るようになった。
かばうばかりでもいけないと考え、昨日は外に出る仕事を引き受けた。
これまでは通勤はしても、基本的に社内にいる仕事しかしていなかった。
「わるいな、脚がわるいんで」

他のスタッフに迷惑をかけてばかりなのも気になっていたの、外に出る仕事をした。
六本木、新宿、半日ほど歩き回った。
帰宅は終電間近。
脚はボロボロだったが、なんとかこなすことができた。

就寝しても、都会の喧騒に身を置いた興奮、そして何より、ズキズキ痛む脚のせいで
眠れない。
せいぜい1~2時間の睡眠で、今朝は出勤。
久しぶりに大きくびっこをひいた。
おかげで外に出る仕事はせずにすんだ。

今も脚は痛いが、力は入る。
これまでとは違うのがはっきりわかる。
明日も外に出る仕事を引き受けるつもりだ。
3歩進んで2歩下がる、脚の痛み。
とにかく動けるうちは動いて行こうと考えている。
これからは、少しずつ無理をしていくつもりだ。
c
childrenさん (85dmj2x1)2022/2/24 22:39
職場の同僚とふざけているとき、前屈姿勢になった。
脚は伸ばしたまま、腰を曲げて上半身を床に向かわせる姿勢だ。
小生は、手の指までは床につけることができた。
 おお、体、やわらかいな。
そう言った同僚は、手のひら全部を床にくっつけていた。

同僚は小生より、15~16歳は若い。
おまけに毎日、訓練しているという。

どの同僚によれば、同僚の同年配でも、通常は膝くらいまでしか曲がらないそうだ。
それに比べると、小生はずいぶんやわらかいということになるのだとか。

そういえば、小生も以前は、床まで手がつかなくなっていたような気がする。
小さいころは、体がやわらかいことをよく褒められたが、おとなになるにつれて
硬くなっていることは、自分でもわかっていた。
それが、いつのまに再び、やわらかくなったのか。

脚はいまだに室内ではびっこをひいている。
気になる脚以外のところに、天国の光は届いていたのかなと思っている、
脚の痛みは天国生活にふさわしくなるために必要な苦痛だと考えることにしている。
一見すると、天国の光なんて効果なしのように見えるが、
確実に光のなかで生活している、
そんな気がしてならない。
c
childrenさん (85dmj2x1)2022/2/15 21:56
今日も、脚の痛みは軽減したままだ。
家のなかでは、びっこをひいているが、外ではかなり普通に歩けている。
やはり日々が天国生活であり、主神様の光は24時間、自分のなかにあるということを実感する。

しかし長年の浄霊生活。
それをほぼ辞めたことで、痛みが軽減したのはなぜだろう。
実は、浄化停止しただけ、かもしれないと思ったりもしないでもない。
ただ全身というか、日々の生活が送りやすくなったのも事実だ。
これまで一日の仕事が終わるとクタクタで、倒れ込むようにして帰宅していた。
それが、家に帰っても、クタクタではあっても、他のことができるようになっている。

思い浮かべるのは、国家の庇護を得た産業は衰退するということだ。
農業、漁業……どうみても歌舞伎より感動するのに、能や狂言人気が低いことなどもその一つだ。
現在は、中小企業や個人事業主向けに、国家の支援金が配られている。
日本の経済成長を支えてきたといわれる中小零細業者もついに終わりかなと思ったりもしている。
おカネをもらえば一時的にいいのだが、やがて自ら立ち上がる力を失ってしまうせいだろう。

同じように、浄霊は一時的には快感だが、そのせいで神様がおろそかになっていた気がする。
朝夕拝のさいちゅうも、浄霊に頼ってみたりしているうちに、いつしか主神様への信仰心が
失われていったように思うのだ。

浄霊をいただかないと、目に見えた快感はないが、神様への思いは強くなる。
朝夕拝の位置づけが大きくなる。
明主様は、浄霊によって最後の審判を乗り越えられるという聖言は思い出せない。
最後の審判を乗り越えるのは、メシアの救いであるという聖言はあったのだが。
浄霊にかまけていたら、大事な信仰を失ってしまい、自立する力が劣化してしまうのかもしれない。

もっとも、産業の初期。
八幡製鉄所や富岡製糸場などは、その後も繁栄を続ける。
独り立ちできないうちの浄霊は価値があっても、そこに頼り切ってしまうと、いつしか逆効果しか
もたらさない、のかもしれない。
c
childrenさん (85dmj2x1)2022/2/11 21:38
浄霊を辞めたとはいえ、現在、朝夕の眉間に3分だけは続けている。
完全に辞めたほうがいいのかもしれないが、今一つ決心がつかずにいる。
根本的に解決することはないとはいえ、浄霊をいただいている間は、
まちがいなく安らぐからだ。
極端にいえば、一日じゅう痛みのなかで生活しているわけなので、わずかな
安らぎの人ときだけは残しておきたい気持ちからだ。

したがって偉そうなことはいえないのだが、明主様のお仕事のプライオリティの
トップは、メシアのご神業だと考えている。
いわゆる最後の審判を乗り越える人を一人でも多く作ることだろう。
痛いとか辛いとかを軽減させることは、プライオリティのもっと下に位置すると
いうことだ。

メシアのご神業とは、主神様の赦しを受け入れ、すべてをお委ねする天国人を作ること。
最後の審判を乗り越えるために、脚の痛みが必要なら、受け入れることが信徒の務めかなと
考えたうえでの決断だ。

その陰で、こんな期待もあった。
痛みを受け入れれば、メシアのご神業にしたがうなら、浄霊を辞めるなら、そう決めたなら、
一瞬にして痛みは消え去るのではないかと、ひそかに思わないでもなかった。
というのは、心のもち方が変わることで、一瞬にして事態が急変した経験は数多くある。
だから、脚の痛みも……。

けれど、甘かった。
浄霊を辞めても、2~3日は痛みは増していた。
不安にならないこともなかったが、一度決めたことだし、このまま歩けなくなっても
決めたことは変えたくなかったので、浄霊を再開することはなかった。
ま、現在は、痛みはさらに軽減している。
なぜ、一気に痛みが消えなかったかを考えるのは、ひとまず置いておこうと思っている。
c
childrenさん (85dmj2x1)2022/2/11 00:00
土日の出勤と引き換えに今日と明日休みになった。
大雪予想が出ていたので、脚の痛みを抱えた小生にはかなり不安があった。
渡りに船の休日とばかりに喜んだ。

というわけで今日は一日中寝て過ごした。
おかげで脚は快調だ。

浄霊を辞めようと決めたとき、やはり不安はあった。
根本的によくなることはないにしても、浄霊をいただいている間は、それなりに安らぐ。
ずっと以前のように毎日1時間の浄霊は辞めていたものの、眉間に3分、朝夕は続けていた。
ただ脚の痛みが強いときは、暇を見つけては自己浄霊を続けていた。
そのたびに、いくぶんかは楽になり、動くことができていたからだ。

完全に辞めてしまったら、どうなるのだろうと不安になる。
実際、痛みは増すばかりだったし。

ただし、明主様が浄霊から想念にシフトしようとしていたことは窺うことができた。
ならば、明主様の信徒として、明主様にしたがうのが本来の姿ではないかと考えた。
そのために痛みが増すなら、それも明主様のみ心として受け入れるしかない。
ま、そんな思いが根底にあって頑張れた。
今のところ、よかったと思っている。
c
childrenさん (85dmj2x1)2022/2/9 22:54
立春祭の3~4日前から、多忙と比例して、また
脚が痛み出した。
大阪にいる間が、痛みの最高潮。
よそ者が、脚の痛みを抱え、心細さはこのうえもなかった。

その状態で参拝した立春祭。
真明様のごあいさつ、新しい聖旨、教主様のお言葉を伺いながら、
思った。
 浄霊を辞めてみよう!

大阪に向かう道中では、暇さえあれば自己浄霊をしていた。
なにせ痛いのだ。
それまでも、仕事中、通勤の電車で座れたとき、ユーチューブを観ながら、
時間があれば、自己浄霊をしていた。
それでも、ときどき痛みは消えることもあるが、再び痛み出すことの繰り返しだった。

明主様のみ心は、やっぱり想念。
そこにあるなら、痛みを抱えることが、明主様のみ心なら、そこに委ねてみよう。
痛みをそのまま、お委ねしてみよう。
というわけで、帰宅の道中から現在まで自己浄霊は中止したままだ。

帰宅後も痛みは増すばかり。
痛みで、夜中に目が覚めることもあった。
それが、今日の午後、3時くらいだったろうか。
トイレに行こうとして椅子から立ち上がると、痛みがない。
 あれっ。
背筋を伸ばして歩けた。
痛いとどうしても背中を丸めて歩いてしまうのだが、ピンと背中を伸ばせていた。

我が家に帰って現在、少しだけ痛みはぶり返しているものの、かなり小さい。
小生の脚の痛みは、よくなったりわるくなったりしているので、どこまでこの状態が
続くかはわからない。
ただ、とりあえず、浄霊をしなくても痛みが軽減したことだけは事実として体験した。
c
childrenさん (85dmj2x1)2022/1/26 22:14
このところの寒さのせいか、足の調子が悪い。
といっても以前のように神経を刺激する痛みはなく、関節のかみ合わせがわるいという感じだ。
他人から見て、はっきりびっこを引いているのがわかるくらいだ。
仕事だけはなんとかしているものの、歩くのが非常に苦痛だった。

やっぱり年のせいか、長年の酷使が祟ったのか、祖霊が救いを求めてきているのか……
いろいろ考えてしまう。
それにしても、日常生活に支障が出るほどの痛みがあるのは、どこか主神様のみ心に叶っていない点があるに
ちがいない。
いずれにしても、この痛みが主神様の意向なら、それに従おう。
天国生活になじめるための痛みなんだろうと思いながら、落ち込んだまま眠った。

ところが今朝は、一気に痛みが吹き飛んだ。
やや歩きにくさはあるものの、気になるほどではない。
眉をしかめることもなかった。

よくなったり、わるくなったり、七転び八起き状態だが、よくなっていることは確実だと思う。
痛みがあっても、足がしっかりしている気がするのだ。
以前は、どこか弱々しい感じがいつもつきまとっていた。
歩いていないとき、じっとしているときも痛かったのが、今は足を動かしているときだけの痛みになった。

もうダメだ、二度と、痛みなく歩くことはできない。
そんなところまで落ち込んだとき、次の瞬間、一気に回復する。
神様って、いじわるなのかなぁ。
あっ、やめておこう。
こんなことばっかり言ってるから、いつまでもイテテッが続くのかもしれない。
神様、ごめんなさい。
c
childrenさん (85dmj2x1)2021/12/17 18:30
今週も、痛みがぶり返すことなく、過ぎた。
あの神経を刺激する痛みはないものの、長い間、痛みをかばい続けて
きたので、歩く量が少ない。
変な歩き方をしてきたこともあって、自由にのびのび動作できるわけではない。

それが今週は、なんとなく動きやすい。
伸ばそうとすると、伸ばせそうな気がしないでもない。
これまでは、無理に伸ばそうとすると、やはり痛い。
神経を刺激する痛みではないものの、無理をする痛みはある。

今週も、無理に伸ばそうとすると、痛いことは痛いのだが、かゆい系の痛みなのだ。
これまでも痛い系痛みが、かゆい系痛みに変わった。

撮らぬ狸だが、もしかすると完全回復するのではないかとさえ思ってしまう。
若いころのように自由に動けるようになるかもしれないと思ってしまう。
少し、図々しいかもしれないが。
c
childrenさん (85dmj2x1)2021/12/6 23:37
足の痛みが消えて、半月が過ぎた。
いまのところ、痛みはぶり返してはいない。
先週は、遠出をしてみようと考えていたが、仕事が忙しくなり、
自宅にこもりっきりだった。
座り仕事なので、足の痛みがぶり返すのが怖かったが、今日、久しぶりに
外出したところ、平気だった。
近場を歩いただけだが、平気だった。

痛みが消えたことについて、思い出したことがある。
もう20年以上も毎日1時間、浄霊し続けてきて、大きな変化はなかった。
これ以上、浄霊しても意味ないのではないか。
教主様によって、眉間に3分の浄霊にしてからも、変化はなかった。
神様は、小生の足は痛いままでいいとお考えなのだろうなと思ったりもしていた。

そんなことも考えていたが、20年以上も浄霊していたんだから、
薬毒など消えているのではないかとも考えたりしていた。
しかし、神様は痛むように足を作られたとは思えない。
神様って、明主様の教えって、本当に正しいのだろうか?
あれこれ……。

あっ、そうか!
小生の薬毒は消えても、世の中のすべての人の痛みが消えたわけではない。
足の痛い人の魂が、小生を通じて、主神様の下に来たがっているのかも?
小生のそばにいれば、最低限、朝夕拝時には、主神様の下に行けるわけだ。
親戚や友人たちを思い受かべると、リウマチや骨粗しょう症の人はけっこういる。
亡くなった人も含めて。

小生を通じて、主神様の光をいただける魂がいるなら、救われる魂がいるなら、
それも御用かもしれない。
そんなこともあって、
「ここが天国なんですね、主神様」
という結論に達したのだった。

  同じ思いの人の代表として、すべてをお委ねします。
これは、想念の御用の具体的実践にあったことだ。
痛いだけで御用ができるなら、ラクじゃん♪
みたいな気持ちになったんだけど、なぜか、急に痛みが消えたんだよね。
とりあえず、主神様のみ心に反していないと思えたことで、精神的に救われたってのは、
あるんだがな。
匿名さん (84fbi33v)2021/11/27 18:35
痛みが消えて、10日ほどたつ。
現在のところ、痛みがぶり返してはいない。
ただ夏以降、さすがに歩けず、必要最小限しか出歩いていないせいで、
筋力が衰えてしまったのだろう。
あがきがよくない。

足の不調を抱えて20年、激痛に近い状態になって2年ほど。
人の足への気遣いが生まれてしまった。
ま、よけいなお世話ではあるんだけど。

というわけで、教主様だ。
足が不安という話は聞いたことがないので、あくまでも小生の
勝手な想像だ。よけいなお世話につきる話だ。

大祭時、会場が特設のせいで、檀上から下りるとき、不安ではないのかな、
と余計な心配をしてしまう。
小生の場合だが、上るのは疲れるが、下るのは怖いからだ。
わずか3~4段ほどの階段だが、手すりがない。
なにか掴まえるものがなくて大丈夫なんだろうかと思ってしまう。

こうした場合、気遣いすぎるのは、かえって迷惑。
ただ、さりげなく支えになるものがあればいいのにと思うことは、
小生の場合にはよくあった。
さりげなく、手を添えるとかだが。
なにせ、教主様だけに、素手を差し出すのも無礼かなと遠慮してしまう
気持ちもわかる。
そして、会場にいるのは、若い職員なので、
年をとって足元が不安になるなどとは、気遣いこともあるだろう。
難しいところだ。
c
childrenさん (84fbi33v)2021/11/20 18:15
災いは、忘れたころにやってくる。
喜び事も、忘れたころにやってくるかもしれない。

1年半ほどの前の負傷以来、小生は手足の痛みに悩まされている。
手のほうは、ほぼ日常を回復しているが、足はそうはいかない。
もっとも足は、負傷前から痛みがあり、かれこれ20年ほどは悩まされている。
それでも夏場は総じて痛みはなく、寒くなると痛み出す。
一週間ほど痛いなと思っていると、1カ月ほどはなんともなくなっていたりしていた。

ただ負傷以来、ずっと痛い。
傷みの強弱はあるが、とりあえず連日痛い。
もう長いので、一生、痛みから解放されることはないんだろうなと思っていた。
傷みを我慢すれば、仕事はできたからだ。
もう一度だけ、思う存分、走り回りたいなというのが夢だった。

ところが先週後半、突如、痛みがなくなった。
完全ではないが、80%は痛くない。
その前、今年の秋季大祭以来、異様に痛かった。
誰の目に、びっこをひいているのがわかるほどだ。
犬のようによつんばいになって歩きたいと、幾度、思ったほどか。

それが突然、軽快に。
思い当たることがあるとすれば、
 小生が住んでいるこの場所が天国なんだ!?
 足が痛いし、その他の悩みも解決していないけど、とりあえず
 「ここが天国なんですよね、神様」
そんなことを奉告した。
その翌日、急に足の痛みが消えていた。

まだ痛みが消えて3~4日しかたっていないので、また痛くなるかもしれないが、
とりあえず痛いの、痛いのが、どこかに飛んで行った。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/4/29 22:47
小生の友人に芸能関係者がいる。
小生が昨年、転倒したとき、友人はろっ骨骨折をした。
小生が今回の転倒したとき、友人は指骨折をしていたそうだ。

芸能界の人はなんだかんだいって、調子がいい。
その部分がどうしても、この友人に心を許させないでいるのはたしかだ。
まさか、調子を合わせているのかな?
そんな気持ちにさせないでもない。

でも、まぁ、孤独感から解放されることも事実だ。

もし、友人の2度の骨折が事実であるなら、
この偶然はなにか関係があるのだろうかと思ったりしないでもない。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/4/28 22:43
当初、痛みが増す一方だった2度目の転倒。
歩くこともままならない状況にまでいったのだが、一気に
快方に。

今日は、以前通りに、というか1度目の転倒前の状況までに
回復した。
違和感なく歩ける日がまた来るなんて夢みたいだ。

その間、一日3分の浄霊を朝夕2度。
一気に回復したのは、実は気持ちの変化と期を一にしている。
今月になって気になることがあり、どうしようか決断がつかずにいた。
そこをすべてお委ねしていると、一方に決まるような事態になった。
その時点で、一気に痛みが和らいだのだ。

その後も、足の苦痛をすべてお委ねしますとご神前に。
わずか一週間足らずで、第一回目の転倒以前の状況に回復し、今日を
迎えた。

想念の時代を、いまさらながら実感した。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/4/23 20:20
前回は、日一日と痛みが和やらぎ、手足の自由が広がっていった。
今回は、日一日と痛みが増し、手足が使いにくくなった。

このまま不自由に一生を送ることになるのだろうか。
それが神様のご意図であるなら、それに従おう。
無理やり、そう言い聞かせていた。

ところが今日は、一気に手足が楽になった。
ぎりぎりのところまで追い詰められたが、思わぬ回復ぶりだ。

ゴールデンウイークを目前に、今週は土日も家で仕事だ。
また痛みがぶり返さなければいいが。
それもまた神様のご意図なら、それに従おうと決めた。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/4/20 22:57
2度目の転倒は、打ち身はないので、ひねっただけのようだ。
手は順調に回復しているものの、足が痛い。
歩くことはできるが、歩き出しが痛い。

正確に思い出すと、実は3回目の転倒だった。
だからというか、いろいろと考えている。
悔い改めだ。

キーワードは、すべてを委ねることだと思う。
自分では、これまでも、教主様のご教導を通して、さらに委ねる部分が
広がったとは思う。
それでも、3度目の転倒。

今日の夕拝時、ふと思った。
自分は、神様の一部だ。
これまでは、自分の一部が神様だったかもしれない。

信仰は信仰、社会生活は社会生活と区分けしていた。
そうではなくて、神様の一部が自分だとすれば、
社会生活もすべて神様のみ心のなかにあることになる。

この部分を悔い改めてみることにした。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/4/18 23:23
徐々にであるが、よくなっている。
昨日に比べると、明らかに楽になった。
意欲も出てきた。

やっぱり体に故障があると、精神力も衰える。
すべてをお委ねしてよかったと、今なら思える。
昨日までは、もう決めたから、どうにでもなれという気持ちで
お委ねしたのだが、それでも神様はお働きくださるんだな。

神だから愛する。
今なら、今回の転倒も、神の愛かなと思うことができる。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/4/17 22:08
小生、またしても転倒。
前回ほどひどくはないのだが、打ち身もない。
あざができていないので、打撲はないのだろう。

しかし、前回と同じで、右手、右足が痛い。
仕事も普通に続けているが、びっこをひいている。

こういうことがあると、神様のお気付ではないか。
自分のどこかに神様のお気にいらない点があるのではないかと思う。
なにかを改めようと思うのだが、改めなければならない点が多すぎて、
どこから手を付けていいかさえわからない。
頭もボーっとするので考えがまとまらないせいでもあろう。

よくわからないが、やはりご浄化だと捉えることにした。
上の段階に行くための、浄化だと思うことにした。
これでいいのかどうかはわからないのだが……。
c
childrenさん (7q3l7suk)2020/12/10 21:49
教主様の後継者、真明様のお話に、こんなエピソードが紹介されている。

ある奉仕者がやけどをし、明主様に浄霊をお願いした。
明主様は強い口調で怒り、浄霊をしなかった。
そして「これからは想念の時代」とおっしゃった。

そこで周囲の人も一心にお念じしたところ、やけどは跡形もなく治ったそうだ。

小生の右手のケガも、浄霊を二の次にしなさいということの現われかもしれない。
あのケガ以来、浄霊は朝夕の3分ずつにしているが、なんらの問題もなく、
順調に機能回復を続けている。
毎日1時間ずつ浄霊をしていたころとなんらの変りもないのだ。
c
childrenさん (7q258l6z)2020/11/13 22:47
社会復帰2週間目も無事に過ぎた。
今週頭には週末からの不調が残っていて、どうなることやらと
案じたものだが、週末には回復した。
先週末のようなボロボロ感もない。

来週は、かなりハードだ。
こなせるかどうか不安だが、やるしかない。
c
childrenさん (7ps6ibhk)2020/11/6 23:24
社会復帰一週間が、無事に過ぎた。
さすがに体はボロボロだが、灌漑深い。

その感慨を超えるのが、米国大統領選挙だ。
不正が取沙汰されているが、いかにもありなんと思えてしまう。
選挙前の異様な報道ぶり、開票の異様な票の進み方、などなど、
不正を否定できないことが多すぎる。

もちろん真偽は知らないが、もし不正だとしたら、
あまりにも神をないがしろにした行為だ。
今後の推移に目が離せない。
c
childrenさん (7pmfcl91)2020/11/2 22:45
眉間、3分間の浄霊を不安がる声は、少なくないようだ。
小生自身、つい最近までそうだった。

今回のケガを機に、思い切って、眉間・3分間の浄霊に変えてみた。
不都合があれば、いつでも元に戻せばいいと思ったからだ。

その日から1カ月強が過ぎたが、現在まで不都合を感じることはない。

これも、粒子の物理学というか、近代物理学の論理による、
時間と空間は伸縮する。
その現れかなと思ったりしているのだが……。
c
childrenさん (7pkr9rd9)2020/11/1 18:43
昨日の投稿で、
 医療にかかっていたら、「痛み」だけは避けられたかも
としたが、そうでもないらしい。

本日、知人から連絡があり、小生とほぼ同じ時期に骨折。
つい一週間ほど前まで眠ることができないほど痛かったとのことだ。
知人は、未信者で、当然、医療にかかっている。
入院だけはしていないみたいだが、痛みで食事ができず激やせしたとまで言ってた。

この知人は、芸能界の人なので、小生とは価値観が異なる。
長いつきあいだが、これまでも何回もケンカしてきた。
今回のケガも、ケンカの直後だった。
小生の怒りの想念がケガをさせてしまったのかなと思うと、ちと申し訳ない。

逆にいえば、小生がケガしたのは、知人の怒りのせいかとも思うと、複雑な気分だ。
c
childrenさん (7pjgxf7p)2020/10/31 21:06
突然の負傷から1カ月。
11月から、仕事に復帰することになった。
まだ完全回復ではないが、6割がた元通りになっている。
キーボードも、遅いが打てるし、字も下手だが書ける。
ほぼ支障なく、業務遂行できると思う。

医療にかかっていないので、正確な重症度は不明だが、会った人は口をそろえて、
「これは重症だよ」と。
医者に行けと言われたが、「神様のなさることを見たいから」と言ったら、
それ以上は何も言われなかった。
頑固者なのは有名なので、言ってもムダと思ったのだろう。

ただ、医療にかかる以上の順調な回復ぶりなので、自分でもホッとしている。
もっとも医療にかかっていたら、「痛み」だけは避けられたかもと思ったりもする。
当初の2日間の痛みは、筆舌につくしがたいものがあったのだ。

浄霊だって、以前は一日1時間だったのだが、ケガを機会に朝夕拝時に3分のみにした。
一時間のとき以上に、体調はいい。
自分の信仰が裏付けされたような気がしている。
c
childrenさん (7p2659ed)2020/10/19 18:32
全治3カ月と言われた負傷。
断れないというか、断りたくない仕事があったので、見切り発車で引き受けた。
いざとなったら左手だけでも完成できると踏んだからだ。

全3万文字。
右手も交えて、2分打って、3分休む。このペースで、ほぼやり遂げられそうだ。

手はかなり痛くなったが、達成感がうれしい。
負傷から丸3週間、社会復帰できるような気がしている。
c
childrenさん (7ol7ctrk)2020/10/7 21:34
浄化中に、あれこれ考える。
今回も、キーが打てなくなって、考えた。

神様のことを、末端の信者に過ぎない小生が何だかんだと書き込むことは無礼ではないか、と。
だから神様は、キーを打てないようにされたのではないか、と。

で、結局、再び書き込んでいるわけなのだが……。

あくまでも信者の感じた事実なんだから、いいのではないかと考えて再会したわけだ。
可能な限り事実をありのまま、誇張することなく、記していこうと自戒しながら、
このまま書き込み続けていくつもりだ。
c
childrenさん (7ojrq1ea)2020/10/6 21:29
不調は順調に回復しているようだ。
医学的にはどうだか知らないが、日々、目に見えて機能しつつある。
この書き込みも、今日は3割くらいは右手でできている。

しかし、こういうご浄化をいただくとやはり自分を責めてしまう。
どこが神様のみ心に外れているのだろうか……。

だけど、止めてみた。
み心に外れている、いたらないところは無数にあるのだ。
一々悪いところ探しをしていてもキリがない。
全部まとめて神様にお委ねすることにした。

そのうちに悪いところは自然に見つかるように思うのだ。
返信37
c
childrenさん (7n02tgkl)2020/8/28 22:04 (No.115890)
安倍晋三総理が引退を発表した。
ウソであってほしいと願ったが、ご本人が決めたことなら、
潔く見送ることにした。

安倍さんみたいな方がいたことを知っただけでも、元気をいただいた。
安倍総理、本当にありがとうございました。

いろいろな人がいろいろなことを言っているので、小生は別の角度から言いたい。
一次政権のときも、今回も、決断まで実に短時間だった。
権力の座にある人は、とかく引退の決断まで長引く傾向がある。
あれこれ、隠し事ができてしまい、その処理が大変なのだそうだ。
証拠隠滅とか、なにかと……。

それなのに、短期間で決断できるということは、処理しなければならないことが
ないということ。
桜とかモリカケとか、単なる言いがかりであることを証明しているような引退劇だと思った。

そういえば、明主様もそうだが、教主様も実に潔い。
疚しいことがないと、いつでも、どこでも意のままに決断できるということだろう。
返信
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/9/15 23:26削除
JGBT問題を契機に、誕生することになった
日本保守党。
ネットでの盛り上がりがすごいね。

気持ちはわかる。
自民党には裏切られた感が強いからネ。
国民を敵に回した政党、どしどし劣化していく。
国民におもねる政党も劣化していく。

国民が求めているのは、敵でもなければ、ゴマすりでもない。
やっぱり正義と言うか、その裏にある誠意みたいなものであり、
純粋なものだと思う。

われら宗教者としては、主神様のみ心を求めているんだと思うネ。
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/8/20 22:33削除
長時間酷使したせいか、PCの調子がわるく、前回の書き込みは
中途で終わってしまった。
その続きだが、LGBT問題。

まず、少なくとも日本では、LGBT者を差別する文化はない。
次に、トイレや風呂などを含め、男女を一緒に区別しない空間が当たり前になったとする。
ここに、問題が生じると思う。
性犯罪はこの際、置いておくとして、少子化問題を助長しかねない不安だ。

なんとかいう京大の先生だかの本で読んだ。
哺乳類は、養育された相手とは交尾しないそうだ。
歴史的にも、同じ母親の下で育った兄妹、姉弟は、結婚できなかった。
単に社会制度だけともとれるが、その前に、当人が嫌がることがあるのだと思う。
現代って、兄に恋する妹、姉に恋する弟など、ごくごくまれすぎるほどまれにしか起こらない。
ないに等しい。

また会社などでも、社内恋愛は激減しているそうだ。
同じ空間で、同じ立場で接していると、恋は生まれにくいといえるのかもしれない。
恋が生まれないと、条件だけの結婚になってしまう。
恋のない男女からは、子どもだって条件だけで生むようになる。
少子化は、ますます助長されるというわけだ。

というわけで、LGBT法案には、やはり賛成できそうもない。
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/8/17 21:45削除
LGBT問題を機に、自民党支持を離れた人は少なくない。
小生もその一人だ。
直接のきっかけは、決議の仕方だった。
まるで国民にケンカを売っているような、反多数決。
これでは、引導を渡したくもなろうというもの。
せめて、なぜ多数決を無視したのかの説明でもあれば、また違った結果も
あったかもしれないと、いまさらながら考えている。

小生の場合、LGBT問題そのものには、結論が出ていなかった。
文化的なショックは大きいが、男女が風呂やトイレを共用する社会があっても
いいのかもしれないとも考えたりしていた。
教祖の聖言にも、見た目が女だからと言って、中身まで女とは限らないという
内容のものがあったように記憶している。
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/6/28 21:03削除
岸田政権の支持率低下が尋常ではない。
要因の一つは、自公連立だ。
自民支持者の多くは、自公連立に歯がゆい思いをしている。
小生もその一人だ。

理由は、誰に投票するかは、選挙民の意思だ。
それなのに、党が、誰に、どの党にという指示を出すのは、うなづけない。
もちろん投票したい候補がいないことはある。
それでも、立候補した人のなかで選ぶ。
これは、しかたないことだ。
誰に、立候補させるなどという権利は、選挙民にはないからだ。

しかし、党の事情で、投票範囲が限定されてしまうのは怒りを呼び起こす。
思うに、今は、本当の民主主義に向かっている時代ではないだろうか。
党の事情で、投票の自由を必要以上に狭められていいはずはない。
党の事情ではなく、選挙民の意思で投票できるように配慮していく。
これが、政党の役割だと思う。
民主主義をめざす政党であるならな。
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/6/14 21:37削除
世界メシア教のありもしない噂を流されるのは不愉快だ。
かといって、このごろは腹も立たなくなってきた。
偽りの情報しか入手できないってことは、偽りの世界に住んでいるから
だと思う。
気の毒な人たちだとしか思えない。

主神様にお願いしたこと、奉告したことはすでに叶えられているから。
これは、嬉しい。
そう願ったこと、思ったことは、そう願わせていただけたことであり、
思わせていただけたこと。
主神様のご意図の現れだと、小生も考える。

願いごとはいっぱあるから、小生の体がもつかな!?
嬉しい悲鳴に襲われている。
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/6/13 21:39削除
自分がしっかり身に付けていない知識を伝授することは難しい。
記者さんに言わせると、しっかり取材できていない情報を伝えるときは、
抽象的な記事にしかならない。
説明するには、しっかり学び、事実を積み重ねていくことが不可欠ということに
なるだろう。

信仰も同じかもしれない。
しっかりした学びをし、信仰体験を積み重ねていく。
そこができていないと、ありもしない、あるいはあったらいいなという
希望的観測を語ってしまうことになりやすい。
ひいては、信仰への侮蔑を呼んでしまうことになりがちだ。

ところでさ、JGBT差別もいいが、どうせなら信仰差別もなんとかしてほしいんだよね。
でも小生は、別に法律でどうしてくれとは思わない。
しっかり学び、しっかり体験を積み重ねてきたうえ、説明できることをめざすからだ。

法律で強制して差別解消されても、心の中の差別はどうすることもできない。
心の中から、信仰者への差別がなくなるのでなければ、小生は満足しないぞぉ!
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/6/12 21:05削除
なんていうかさ、情けないんだよね。
政治家なのに、論を立てられないってんだから。

昨日はユーチューブサーフィンをしていたわけだが、
片山さつきという衆議院議員がいる。
彼女くらいじゃないかな、論を立てている政治家は。
説得力あると感心したね。

LGBT法案は、多くの国民が反対していることくらい政治家は知っていると思う。
それなのに法案に反対しないのは、論を立てて説得できないことが大きいと思うんだよな。
米国だとか、与党仲間が強く成立を望んでいるという噂がある。
これが事実だとして、そのくらい説得しろよって思う。
政治家なんだからさ。

本当に必要な法案だと仮定して、政治家さんたちは、国民にその必要性を説得することが
できていない。
自国の国民すら説得できない政治家だから、他党や外国を説得する能力があるはずはないって
ことなんだろうね。
しかし、情けない。
政治家なのに、論を持たない、説明することができない。
こんなんでいいのかね。
職場放棄ちゃうのん!?

給料もらってんだから、自分の仕事くらい、しっかりせな、政治家さんたちよ!!
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/6/11 15:49削除
死せる孔明 生ける仲達を走らす
すでにこの世から去った諸葛孔明がまだ生きているかもしれないと思った、
仲達が孔明を恐れて逃げたというエピソードに基づく言葉だ。

意味は異なるが、安倍氏はすでにこの世にいないと思い、安倍氏恩顧の政治家は
安倍氏を裏切った。
しかしこの世にいないだけで、安倍氏はまだ生きていて、この世にいる人間を使って
安倍政治を続けている、かもしれないと思ったりする。

作家の百田尚樹氏とジャーナリストの有本香氏が、LGBT法案が可決したら、
新党を立ち上げると意思を表明した。
いうまでもなく小生は、当該法案の詳細は知らないし、政治家の事情にも通じてはいない。
しかし、今回のやり方は、納得できない。
国民にケンカを売っているようなものとしか思えない。
考えようによっては、面従腹背の政治家をあぶりだす機会になったし、あぶりだした以上、
あとは自身の政治を遂行することになるのは自然の推移だろう。

この一連の展開を見ていると、明主様ご昇天後のわが教団の歩みとかぶってしまう。
姿の見えなくなった明主様は、もういないものと思って、勝手に自らの都合で教団運営を
行ってしまった幹部たち。
姿が見えないと、人は本性をあらわしやすいからな。

信者を無知な存在と思い、ついには鍵を取り替えて、信者を追い出してしまった教団もある。
しかし、信者は主神様の分霊をいただいている存在でもある。
力のある幹部たちさえ取り込んでしまえば思い通りになると思ったのかもしれないが、
そうはいかない。
明主様は姿が見えないだけで、まだ生きていらっしゃった、と思っている。

なんだかなぁ、現在の日本国は、一応、主権者は国民だと明確にされている。
基本をばかにして、うまく行くとは思えない。
目に見えるものより、目に見えないもののほうがずっと怖いことを知ってほしいよね。

余談だが、小生個人としては、安倍氏だけでなく、石原慎太郎氏、その他、本気で政治に
取り組んできた先達政治家方が、いよいよ動き出したのであることを願ってやまない。
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/6/10 10:40削除
赤はじめじめと浸潤的に 白は夏の日のよう 灼熱的だ
わが教祖、明主様の歌集『山と水』に掲載されている御歌だ。

ジャーナリストというか評論家というか、そう人たちが言う。
 米ソ対立は、武器を使った戦いでは、米つまりに西側の勝利に終わった。
 しかし国内を見ると、すっかり赤に占領されてしまった。
何も米国にかぎらず、ヨーロッパ諸国もそうだし、日本だって同じだ。
国内にはいつのまにか赤つまりサヨク思想に浸潤されていた。
その象徴が、LGBT法案であり、その他もろもろの理解不能な公金チューチュースキーム
だという。

御歌にある「赤」がサヨク思想なのは明らかだが、
「白」が何を指すのかは今のところ、小生にはわからない。
昭和8年の御歌なので、赤に対するところのウヨク、軍国主義思想ともとれるし、
10数年後の原爆投下ともとれる。
はたまた飛躍して考えると、主神様のお働き、つまりメシア降誕だとしたら、
「灼熱的」の部分が気になる。

じめじめと浸潤した病巣が、灼熱的に一気に消滅させられる。
長い目でみれば喜ばしいことだが、短期的に見ると相当な混乱が訪れることは必至。
じめじめと異質な勢力に浸潤されていった元教団からの長い歴史は、
メシア降誕によって一気に軌道修正された。
灼熱的なまでの変革だった。
つい5~6年前のことだが、明主様ご昇天からの長い年月、じめじめと浸潤されて
いったんだなぁと身につまされる思いだ。
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/6/8 21:22削除
LGBT法案が、国会で成立しそうな勢いだとか。
正直なところ、小生はこの法案について、詳しいところまでは知らない。
そのうえで、万一、必要な法案だとしても、やっぱり反対だな。

理由は、まず、やり方が強引すぎること。
次に、国民の目をくらまそうとする意図が見え隠れしていること。
不適切すぎるやり方を導入しているということは、そうしなければ理解が得られそうもない
ことを知っているからだと推測する。
もしかすると、法案を通そうとしている人間たち自身が、自らの疚しさに気づいているの
かもしれないと思ったりする。

国民を信じようとしない政府って、どうなのよ。
たしかに国民は、筋の通らない人もいる。
それでも一応は、正論を、堂々とぶつけるべきではないだろうか。
そのなかで、心ある国民が一人二人と出てくる。
これが本来の為政者の手法だと思うんだがな。

生徒会活動しか知らない小生が言うのは、おこがましいが、
小生はこの方法で、長年、通らなかった案をすべて通してしまったぞ。
小生ら3人の仲間を除いて、先生も生徒も全員、賛成はしなかった。
それでも、やっているうちに、いつのまにか賛成が増えていった。
子どもなりの稚拙なやり方だったが、生徒を信じていたし、先生も信じていた。

今にして思えば、先生の理解者が出たことが大きかったと思う。
先生が、教員たちに根回しをしてくれたから、成立したのはおそらく事実だろう。
そんなもので、小生は可能な限り、正論を、正々堂々と戦わせるやり方を選ぶね。
そうやっていると、どこからともなく、助けてくれる人が出てくる。
こんな経験はいくつも持っているからだ。
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/5/30 21:53削除
東京での自公連立が崩壊しそうだ。
選挙が不安な議員さんには申し訳ないが、喜ばしいことだと思う。
元々、不自然なことだったからだ。

選挙は、自らの意思に基づいて投票するもの。
なのに組織の都合で、どこに入れろなどというのは、不愉快極まりない。
どこに投票するかは、組織の都合ではなく、個々の選挙民は決めることなのだ。

バブル時、地上げ屋がさかんに暗躍した時代のことだ。
地上げに非協力な地主がいたのだが、某巨大宗団の信者だった。
地上げ屋は、その宗団に直接話をつけて、地上げを実現させた。
地上げ屋さんいわく、
 宗教信者はラクなんだ、教団に言っていけば、簡単に思い通りになる。
この点も、宗教への悪評を生む一因だと考えている。

人間はみんな、各自、主神様の分霊をいただいている。
その分霊と相談しながら、日々の決断を行っている。
宗教集団といえども、個々の分霊がどのような役目を与えているかは、わからないと思う。
それを、宗教集団の意図に基づいているなどという誤解が社会にはびこっている限り、
宗教の地位も誤解されたままだと思う。

宗教信者はだれも、自立した存在なのだということを、世間に知らしめたい。
c
childrenさん (85dmj2x1)2023/2/27 22:05削除
小生は自由主義者であることは、自他ともに認めるところだ。
極論をいえば、民主主義はどうでもいいが、自由だけは死守するぞ!
というのが正直なところだ。
教祖、明主様の聖言でも、
 民主主義も理想とはいえない
とある。
かといって、民主主義を否定するでもなく、日本の民主主義は不完全という
趣旨の発言もある。

理想とはいえないが、民主主義の完成を願っていたことは窺える。

主神様は、一人残らず、「一番かわいい」と思っていらっしゃる。
しかし、歴史を振り返ると、少数の権力者の下で、大多数の人々は奴隷同様の暮らしをしていた。
同時に、これらの少数者の手による権力はことごとく崩壊してしまっている。
かなり、悲惨な崩壊をした例も数知れない。

天国とは、神様の意思の下で暮らす世界。
神様の意思は、各個人に下される。
その使命に応じて、使命を果たすのに必要なことは、下される。
独裁や少数者の政治では、個々人に下された神様の意思はスルーされることになる。

主神様の意思を100%に近く反映させる世の中を作るには、やはり民主主義しかないということになる。
これは政治だけではなく、会社や役所、家庭でもいえるのかもしれない。
もちろん宗教教団においても、だ。

明主様が、取るに足りないような下層階級の人々の話によく耳を傾けていたということを聞いたことがある。
 神様は、誰もが相手にしないような人の口を通して、真理を教えてくださるから。
と仰っていたそうだ。

民主主義、今まで関心がなかったが、ちょっと捉えなおしてみたくなっている。
c
childrenさん (85dmj2x1)2022/11/25 10:59削除
しばしば耳にするセリフ。
 国民のため、子どものため、読者のため、視聴者のため、顧客のため、
 我慢しなさい。
 こう言って、誰かに、何かを、強いる。
そのセリフを耳にするたび、小生が小さな怒りがこみ上げる。

 小生らを出汁に使うなよな!!

国民や子ども、顧客のためとは言っているが、それって、自分のためじゃねーの? ってな。

信仰もそうだが、誰かの犠牲で、利益を得てもあんまり嬉しくない。
ときにありがた迷惑とさえ感じることもある。
もっとも当の本人は、自分の犠牲にほれ込んじゃって、さも自慢げなのが、嗤える。

故安倍元総理が、反対者に倍する支援者を得たのは、安倍氏がやっぱり好きでやっているのが
見えたからではないかと思う。
安倍氏に、自己犠牲を吹聴するような姿勢はまったく感じられなかった。
日本がどんなによくなっても、誰がいやいや、自己犠牲を払ったうえでの繫栄なんて嬉しくない。
犠牲が必要なことは、皆で担うほうがいい。

主神様だって、同じではないだろうか。
心からの献金、奉仕でなければ、やっぱりありがた迷惑に感じていらっしゃるのではないかと
思うのだが。
c
childrenさん (85dmj2x1)2022/11/23 14:18削除
国防について、しばしば耳にする議論だ。
 家に鍵をかけるのは当たり前。
 鍵を強力にすれば、相手はもっと強力な武器を使ってくる。
共感するところもあれば、共感できないところもある。

共感するのは、防備を強くすれば、相手はもっと強力な攻撃をしてくる。
一般社会ではよくあることだ。
これは最初から攻撃を決めている相手であって、つまり敵であるから、敵でないことを
証明するしか防御手段はない。
その場合、ご機嫌をとったりするが、一度ご機嫌をとれば、相手はもっと過大な要求を強いてくる。
共感できないのは、この部分なのだ。

わが国は攻撃してくる相手国のご機嫌をとってなだめることしかしてこなかったから、相手国は
どんどん身勝手な要求を強いてくるようになったのだと思う。
わが国にしてみれば、相手国を目下に見ていたから、飴をしゃぶらせて黙らせておけばいいという
思考があったのだろうか。

天国になった今、世界は平等。
理不尽な要求には応じない。
これこそが相手に対する対等、かつ誠意あるおもてなしだと思う。

相手が敵でなければ、鍵をどんなに強くしても、強くしなくても、いや鍵が無くても、
攻撃してくることはないだろう。
鍵を強力にすれば、相手はもっと強力な武器を使ってくるのは、敵だということになる。
外国を敵国だと思い込んでいる人にして、こんな発言をしているのだと思う。
おかしなことに、この発言者はなぜか、仲良く仲良くと口では繰り返すが、心の中の思いとは
正反対ということになってしまう。

仲良くしたいと思っている人は、鍵が強力かどうかなんて視野にない。
自分はその人に攻撃することなんて考えていないので、自分以外の人に対する防御だと思っているからだ。

教祖の聖言によれば、
 世界じゅうから戦争の脅威がなくなれば防衛の必要はないが、それまでは国力に応じた防衛は必要。
こんな趣旨だったと記憶している。

現在の世界状況を見ながら、鍵議論。
故安倍元総理は、どんな気持ちで聞いているのだろうか。
姿は見えなくても、この議論は知っていると思うけどな。
返信14
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/5/5 17:40 (No.205687)
今まで、今一つピンとこなかった芸術。
教主様の後継者、真明様の昨年のあいさつを読んでいたら、
明主様の聖言が紹介されていた。

芸術とは、最奥天国の状(さま)をあらわしたもの。

最奥天国。
芸術が尽きることがない理由はここにあったのだ。

芸術はよくわからないけど、最奥天国ならわかりそうな気がする。
返信
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/8/2 22:29削除
今朝、『グローリー』を開いていたら、
真明様の、揮毫に出合った。
素晴らしい。

あくまで小生の眼で見てだが、感銘を受けること大だった。
音楽同様、小生は書にも造詣がなく、ぶっちゃけ下手文字なのだけど、
その眼で見て、目を奪われた。

同時に真明様へのイメージが変わった。
これまで愛とか優しさとか甘ったるいことばかり仰る方だと思っていたが、
こんなに激しい、男性的な内面をお持ちの方だったのかと嬉しくなった。

愛という書。 愛へのイメージも変わった。
明という書。 明へのイメージも変わった。
その他、一文字一文字へのイメージが変わ
来るべき時代へのイメージも変わった。

ボヤボヤしていたら、とんでもないことになるかも。
そんなこんなで勇ましく始まった今日という日は、いろんなことが
勇ましく過ぎていった。
若返ったぞ!
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/7/21 23:16削除
僧侶は美しい人が多い。
生臭ではなく、まじめに修行している僧侶だけだろうけどな。

自衛隊員も美しいと思う。
聞くところによると、現地調達で食糧を確保し、3日間過ごすのだという。
うさぎや蛇、木の実などを採って食ってくれというサバイバル訓練だ。

日本の自衛隊は、結局、3日間、何も食べずに帰ってくる人が多いのそうだ。
ま、日本での食生活になじんできた若者に、ウサギや蛇を食えといっても無理なのは
わかる。
しかし、大丈夫かいな?

また、聞くところによると、米国の高校でも似たような授業があり、毎年必ず
ヘリコプターの出動となり、生死の境をさまよう生徒が出るのだそうだ。
蛇に噛まれ、ハチに刺される日々なのだから、しかたない。

イギリスでも厳しい学校生活の話が聞こえてくる。

こうした日々を送った人々は、やはりどこか美しい。
ハードであることの価値はより上の美には不可欠なのだろうかと思ったりする。
自由主義者の小生は、ハードな訓練には反対なのだが、少なからず不安になった。
こんなことで世界に対抗できるのだろうか、と。
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/7/2 18:12削除
自由主義者の小生は、団体行動が苦手だ。
学校時代から行進しても、小生だけ左右の脚が逆になる。
行進方向さえ、1人だけ別だったことさえある。
ないものねだりなのか、統制された美しさに魅了されっぱし。
3国とも美しいけど、日本はピカ一な気がする。
切れ味が違うんだと思うんだけど……。一日じゅう観てしまった。


こっちは、ちょっと笑える。けど、美しい。
外国人が歓声を上げる気持ちがよくわかる。
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/7/1 20:39削除
小生の周囲の女性たち(50歳代くらいかな)に人気のオペラ歌手、井上芳雄。
さっそくユーチューブで確認してみた。
いろいろ探してみた結果、井上氏の若いころのものが小生的には一番感動した。
井上氏は現在も活躍中で、いわゆる客を呼べる歌手なのだそうだ。
現在のほうが上手なのだろうが、小生は、なぜか若いころのものに魅せられてしまった。

 

何回も繰り返し再生してしまったぞ。
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/3/29 23:28削除
和太鼓は、もっぱら村祭りや盆踊りの場で楽しまれてきた。
それはそれで、味わいのある楽しみだ。
かといって、人前で演奏して、料金を得るとなるとやっぱり物足りない。

というわけで、人前で演奏して、生活していける和太鼓を求めて
実現したのが、下の画像だ。

この和太鼓を評して、これは和太鼓ではないという人もいるかもしれない。

小生は思うのだが、和太鼓の完成形は、こちらのほうが近いのではないかと。
世界に通用する和太鼓は、どちらかを考えれば歴然だ。
そしてまだまだ完成形に近づいていくのはないかと。

同じように、明主様への信仰だって、世界に広がっていくためには、
これまでのような個人の利益を考えているような信仰では難しいと思う。
村祭り的な信仰にとどまりたい人もいるだろうが、だからといって、
明主様を村祭りや盆踊りに押し込めていていいとは思わないし、
明主様が望んでいたことだとも思えない。

世界に通用する信仰をめざしていくのが、より明主様信仰の完成形に近づくことだと思う。
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/3/25 21:54削除
いまさらながら、日本人に生まれてよかったと想う。
和太鼓は、おそらく世界一大きな音が出る楽器だという。
皮膚を通して、骨に響く音。
残念ながら、画像の音では醍醐味までは伝わってこないが、
動きの美しさは、わかる。



和太鼓は、ここまで進化していたということだろう。
c
childrenさん (85dmj2x1)2022/12/12 23:02削除
文学部系の若い研究者。
ポスドク問題が取りざたされて久しいが、彼らの内申にはボヤキが渦巻いている
ようだ。
理系の研究者に比べて、文系、とりわけ文学部系の研究者はニーズが低いのだという。
 数字で結果が見える理系とちがって、自分たち文系は成果が見えない。
 学者になれなければ、塾講師しかない。
そんなこともないだろうが、まんざら間違ってもいないのかもしれない。

しかし、海外との交流のあるビジネスマンは、
 自国の文化を語れないと肩身が狭い。
といった発言も聞かれる。

文科系のみならず芸術系も似たようなものかもしれないけど、
すぐに成果の見えにくい分野はとかく不利益だ。
信仰だって、通じるものがある。

いくらメシアの赦しを受けて天国はできたと言っても、そう簡単にはわからない。
やってみて、試してみて、「そうかもなぁ」と思う程度だ。

だからといって、長いスパンで振り返ると、たしかに変わっている。
以前とはたしかに変わっている。
無信仰者は、気のせいだ、たまたまだ、と言うが、たしかに変わっていることは事実としてある。

芸術や文学だって、それによって心が明るくなったり、自信が持てたりした結果、
よりよい成果をもたらすことだってある。
人間関係のよさが、仕事の成果を向上させることだってある。
国家や社会だって、芸術や文学がもたらす好結果は大いにあると思う。
よき信仰だって、その最たるものだと信じておる。
c
子供さん (85dmj2x1)2022/10/20 09:43削除
地方政治家のユーチューブでの発言だ。
マスクも握手も、できなくなったことにも利点はある。
顔を隠したいとき、握手したくないときに、無理やりせずにすむことだ。

これ、同感なんだ。

小生は元々握手はきらいだ。
風習になれないせいもあるし、心がついていかないから。
日本には、元々握手の風習もハグの風習もない。
離れているからこそ、心を向けることができる。
握手してしまえば、それで終わりなのだ。

エリザベス女王は、握手はしないそうだ。
王室女性たちがクラッチバッグを持つのは、握手を求められずにすむからと聞いたことがある。

肌を触れ合うことが人間関係を親しくというのは、迷信だと考えている。
親しくすることもあるし、距離を隔ててしまうこともある。
これが事実に近いのではないだろうか。

人のものと自分のものをきちんと区別することは大事だ。
なぜなら、神様は、その人に、その物を託したと思うからだ。
大祭時のケータイ奪取もそうだし、
われわれが当たり前だと思っていることは、当たり前とは限らない。
今一度、分析する必要を痛感する。

恋愛だって、離れているときのほうが、深まっていく。
心を向け続けているからだと考える。
c
childrenさん (85dmj2x1)2022/8/20 20:46削除
彼は、雨月物語が本邦最高の文学だと言った。
彼は、左翼思想を公言する、歴史研究者だ。
 源氏物語は、貴族の世界を描いたもので、一部の人にしか読まれないことを前提にしている。
 対して雨月物語は、庶民も描いている。

小生は、源氏物語が上だと、反論した。
 雨月物語は、勧善懲悪を吹聴しようとする意図が見え隠れする。
 対して源氏物語は、人間の心の働きをそのまま描いている。

源氏だって、勧善懲悪というか、因果応報は読み取れるが、前面には出していない。
人間の意図がプンプンにおわないところが、源氏のすばらしさと思うんだよな。

この論理で、「あなたがわたしになる」の歌詞が、気になる。
全体的に素晴らしいと思うんだが、最後近くの一節。
 それがわたしの喜び、幸せ だったかな。
この一節さえなければなぁと思ってしまう。

もちろん小生だけの感想であり、今の若者の歌はなんというか、このタイプが多い。
その一言さえなければ、とよく思う。
教主様の詞には、その一言がない。
だからすんなり入れる。
小生、年齢的には真明様より、圧倒的に教主様に近い。
時代感覚の違いなんだろうな。
c
childrenさん (85dmj2x1)2022/6/5 22:31
仕事の合間に芸術したみた。
なかなか歌にならないのはご容赦願うばかりだ。

 キンギョソウ ホテイアオイに アナカリス 高層ビル街 疑いもなし

自信たっぷりに持説を掲げ、他を批判する光景をたまに見かける。
その光景を見ていると、この人はどこまで根拠を持っているんだろうと
つい疑いの目を向けてしまう。
すべてを知っているわけでもないのに、他を批判する光景を、
主神様がご覧になったらと思ってしまうのだ。
水中をゆらゆら漂う水草と重なってしまうのだ。

同じ感慨をもう一つ歌ってみた、つもりだ。

 その自信 少したどれば 根っこなし あんたが大将 浮草の君

 生き残し やり残したこと 多々ありすぎて 荷ほどきもせず 今日を見送る

小生の人生も残り少なくなってきたのは間違いない。
あんなこともしたかった、これだけはやりたかったということはたくさんあって、
いつかはやろうと考えていたのが、日々の生活に追われていく。
それらのうちの少しでもやってから今生を閉じたいとは思うのだけど、なにせ
多すぎて。
やり残したことが何だったかも思い起こすこともなく、今日も過ぎてしまったなぁと
いう気持ちを歌った、つもりだ。
c
childrenさん (85dmj2x1)2022/5/6 22:04
芸術にはとんと疎い小生。
何か一つでもできたらいいなと思い、和歌に興味津々。
『グローリー』には絶対掲載されない、小生だけの献歌にトライしてみた。

 世間では 宇宙めざして ロケット発射 われ一人ぽっちで 神へと飛び立つ

すべてをお委ねすることは、すでに決めているが、いざとなると日常の細々とした出来事では
なかなかお委ねしきれない場面も多い。
そんなとき、決めたことだからやっぱりお委ねしようとなるときの心境を、未知の宇宙に飛び立つ
飛行士や関係者の心境に重ね合わせてみた。

神へと飛び立つ は 天国めざす としていたのだが、信仰のない人から見れば、
自殺と間違われそうなので変えた。

和歌の専門家に言わせると、小生の和歌は、
「まだ歌になっていない」
と評される。
自分ではわからないが、いつか歌になる、歌えるようになりたい。
それまでは、恥をしのんで歌い続けたい。

というわけで、恥歌をもう一つ。
 読み漁り そろばん弾いて 出ぬ答え どうにでもなれと 神へとダイブ
c
childrenさん (7vywzq1h)2021/5/31 19:40
小生は、絵が描けない。
字は、下手くそ。
口は、わるい。
片づけ、苦手。

こんなのでも、芸術はあると思う。
生活のなかで、行動のなかで、芸術を探してみようと思う。

美しい数式、美しい実験があるんだから、
美しい人間の営みみたいなものなら、探せそうな気がする。
何があっても、約束は守るとかでもいいからやってみているうちに、
芸術への理解もできるかもしれない。
返信12
c
childrenさん (7m341k15)2020/8/5 20:22 (No.109300)
テレビだけじゃないけど、経営数字の落ち込みが激しいようだ。
コロナ禍だ。
感染者数字がうなぎのぼりだが、このなかには検査数が増えたことによる
増加も少ないないらしい。

それなのに、ただ感染者数の増加のみ焦点を当てているように思う。
聞くところによると、そのほうが視聴率がとれるからとか。
なんと浅はかな……。

なぜなら、感染者数字が増加すると、経済が停滞する。
経済が停滞すると、スポンサーの宣伝広告費が減るので、スポンサーを下りる。
自業自得だ、

目の前の利益に目を奪われていると、結局、自滅へとつながるというわけだ。
自滅の原因は、自分が作っていた。
こういうことは案外多いから、気をつけようっと。
返信
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/7/29 22:51削除
ユネスコの公式発表によれば、若年層のスマホを制限するとのことだ。
たしかにネット上にはいかがわしい情報も多い。
世間を知らない子どもたちが危ない情報に入り込むのではないかとヒヤヒヤの
毎日だ。
だからといって、制限していいものかとは思う。

小生は英語のニュアンスまで読み取れないのだが、ネイティブ状態の人によると
禁止する意向が読み取れるそうだ。

テレビ、新聞の衰退はさることながら、ネットまで早くも衰退期に入ったという
ことだろうか。
きくところによると、ユーチューバーの収入が激減しているという話しもある。
ネットも規制強化され、一時期のような自由に飛び交う情報が少なくなった。
ハッキリ言って、面白くなくなった。

情報メディアというものは、他者から規制されると、衰退に向かう性質があるでは
ないだろうか。
だとすると、発信者が自ら規制する分には、衰退は起こらないかもしれない。
自ら規制する。
これができるのは、品性を持った人間。
これからの情報メディア界には、この品性を持った人間が求められているのかもしれない。

宗教団体だって、いわば情報メディア。
神様からの情報を発信するんだもんな。
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/7/22 19:52削除
巷では、あちこちから怒りが噴出している。
退職金課税がどうしても納得できないようだ。
電気料金の高騰、諸物価の値上がりが続くなかでの、またもや増税だ。
期待権があるとかないかはべつにして、退職金への期待が裏切られようとしている
のだから、当然といえば当然だろう。
最高の税収があった、何年ぶりかの高株価と騒がれていても、給料は一向に上がっていないなか
ではなおさら不満が増幅される。

小生だって、もういい加減にしてくれというのが正直な気持ちだ。
とはいえ、不満が不満を呼ぶという聖言を知っているので、なるべく不満会話には
参加しないようにしているのだが、そうもいかないときもある。
少し迷って、結局、話題の行く先を少しずらして、参加した。

 能力のある為政者は、窃盗する。
 わからないように、進んで、知らないうちに納税させる。

皆は、ポカ~~ンとしていた。

 嫌がる国民から、力づくで税金を取り上げていく。
 強盗なんだよな。
 能力の低い為政者は、強盗するしかないんだろう。

皆、顔を輝かせて、「そうだよな」と言い出した。

 給料あがったから、これまでより少し高い飯を食おう。
 その差額が全額税金だったとしも、国民の満足感はある。
 知らないうちに、進んで、納税していることになる。

能力とセンスのある為政者を待ち望むばかりだ。
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/7/4 23:53削除
昨年の夏ごろだったか、高校生を相手に無駄話をしていた。
最近の高校生は、経済に関心がある。
といっても株式投資など、不労所得を得ることへの興味のようだ。
 なぜ円安なのか?
 日本の経済は低下する一方だからか?
これに対してなんと答えたか、正確には覚えていない。
ただ政情が不安定とかなんとか言ったような記憶があるが、定かではない。

定かなのは、こう付け加えたということだ。
 円は弱いけど、今、日本企業はウハウハのはず。
 これから各社の決算が出れば、業績好調の数字が出て、税収が増えて日本経済も潤うはず。
このときは、誰も納得していなかった。
 貿易収支だって大赤字なのに……。
うそつき呼ばわりの眼が向けられた。
 国際収支の計上基準が変わって、新しい基準によれば日本経済全体としては相変わらず大幅黒字だ。
 貿易収支は赤字でも、投資が大幅黒字。
 これまで海外投資は赤字扱いだったが、投資は収益を生むので、黒字扱いに変わった。
ここまで言うと、皆、ぽか~んとしていた。

これまで赤字扱いだった事項が、黒字扱いに変わった。
これまで不幸な出来事とされていた事項が、幸福な出来事に変わる。
これは、地獄から天国へ変わったのと似ていると思う。

今、日本株は連日、上昇ニュースが飛び交っている。
昨年、小生を疑った高校生ども、思い知ったか!?

目に見える部分だけを見ていたら、反対の結果に終わることは意外に多いものだ。
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/6/7 21:10削除
高視聴率を連発してきた放送作家さんが言うには、
高視聴率が出る番組は、番組開始前からわかるとのことだ。
 会議が盛り上がる。
 皆の発言が出て、止まらなくなるような会議になったときは、必ず
 高視聴率になる。

沈黙は金。
これはたしかにいえるのだが、同時に声が多発することも大事だなと思う。

残念ながら、わが世界メシア教の教会。
小生の知る限りだが、話が止まらず盛り上がるシーンには長らく出くわしていない。
私生活でさえ話題にしようとしないのだから、信仰についてはなおさらだ。
皆、言われるままに聴いているだけ。
わかったのか、わからないのか、わからない。

雑談というのは、無責任なものだ。
無責任であることを承知したうえで、いろんな声が出てくる場であってほしいと願う。
これだけネットで、無責任なものを含めて、庶民が自分の声を発している時代にあって、
わが信仰の場がシーンとしているのは何ともさみしい。

いいかげんな意見が出てもいい、それを打ち消すだけの正論があれば、中和される。
やがては、より高い意見に収束されていくものだ。
要は、いいかげんな意見でも、否定しないこと。
声が出ないのは、否定されることを恐れるからだ。
まちがった意見でもいい、とにかく何でも言える場であれば、視聴率は上がる。

若者が集まりにくい理由の一つに、声を出しにくい雰囲気があることを挙げたい。
ネットにこれだけ若者の声が集まっているのだから。
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/4/19 21:56削除
テレビ界を牛耳ってきたといえるジャニーズ事務所。
ヨーロッパからもたらされた不祥事で世間の耳目を集めている。
批判的な意見が圧倒的に多いが、多数派の意見に共感してばかりだと
ここに書く必要はないかと思う。

肯定とまではいえないが、部分的に理解を示す意見があった。
 芸能人は特別な存在。特別だから、あえて受け入れる(捨てる)部分が
 あるのはしかたない。
多数派の意見に同調しないところが好きなのだが、うなづける部分がある。

何かを手に入れるなら、何かを捨てなければならない。
世の中は公平なのだ。
いいことばかりで、いやなことはしないでは成り立たない。

話題になっている不祥事は、そのものは容認されることだと思う。
歴史的に見ても、容認されている。
けれども、日常的な行為ではない。
非日常的な行為である。

こうした非日常的な行為を義務付けるなら、事前に、公然と、明らかにされていなければならない。
そのうえで、その行為を受け入れるか否かは、当人の自由意思だと考える。
知らずに入った人間に、すでに拒否できない状態に置いて、初めて非日常的な行為を強要する。
これはまちがいなく反社会的行為だと判断している。

自由には、正確な情報ディスクローズが不可欠なのだ。
c
childrenさん (85dmj2x1)2023/2/18 11:38削除
即効性はムリだが、教祖の聖言から読み取ってみたい。
まず、というか、これしか思い当たらないんだが、水。
金銭は、水に通じる性質を持つ。
水を貯めてしまうと、腐る。
 だから水はこまめに替えておく。
 水の流れのわるい場所があったら、なるべく修理しておく。
家庭でできるのは、こんなところだろう。

視野を広げて、国家や社会的にとなると、どんな問題があるかは不明。
しかし、近年、日本の水が劣化しているというニュースを聞く。
森林をむやみに伐採したり、汚したりするから、海に流れ込む水の性質が劣化する。
日本近海で魚が獲れなくなったというニュースもあるが、こんなところに起因している
のかもしれない、と思ったりする。

できることはほとんどないが、水をこまめに替える、流す。
あとは、信仰者だから、水への感謝も忘れないようにしたいと考えている。
画期的な考えは浮かばないが、こんなことくらいはやらせていただこう。
c
childrenさん (85dmj2x1)2023/2/17 21:38削除
貿易収支が、赤字拡大だとか、
国債発行額が、他国を大幅に上回っているとか、
日本の経済状況の低下を伝えるニュースが飛び交っている。

反対に、心配はいらない。
国債を発行し続けても問題はない。
日本の借款は、円だから、円を刷ればいいだけなんだ。
貿易赤字が拡大しても、日本は海外投資が多いから、収支全体としては黒字だ。
などなど、不安を払しょくしてくれるニュースも同じくらい多い。

小生は、経済にはとんと無知なので、よくわからない。
ただ、信仰者として、考えることはできる。
貧しくなるには、貧しくなるだけの理由があるはず。
この理由、つまり貧しさの御魂を改善していかないと、根本的な解決にはならないのではないか。

なんらかの手を打って、一時的に改善したとしても、時が過ぎれば元の木阿弥。
表面を飾った分だけの利息が追加され、さらに貧しくなるのではないか。
そんなことを考えてしまう。

日本人全体として、目先の利益、自己の利益だけに視線が行き過ぎている。
この状況を改善していくことが、真の改善になるのではないかなと思ったりする。
じゃ、どうすればいいか?
即効性のある具体策はないので、だまって見守るしかないのが、腹立たしい。
c
childrenさん (85dmj2x1)2022/12/27 22:04削除
来年の日本経済は、超有望だという声がある。
日本企業は空前の利益を得るのだそうだ。
日本大好き人間の小生には、嬉しいニュースだ。
もっとも、世の中、いまだにコロナ禍ムードで不景気ムードだ。
ニュースでも同じで、とにかく不況ムード一色ではあるが……。

すでに日本企業は、コロナ禍でも業績はよかった。
国際収支の計算方法が変わったせいでもあるが、海外投資に積極的な日本企業には
円安も追い風だった。

ここに来て、円安が一段落し、海外にいた企業も国内回帰傾向にある。
それによって、国民所得増への期待も高まる。

表面的には停滞、衰退一色でも、目に見えないところでは上昇曲線。
これは、メシア信仰にも通じる気がする。
ややこじつけではあるが。

目に見える年齢はどんどん老いていくが、
魂の世界ではどんどん若返っている。
2023年は、目に見える世界でも飛躍をめざそうと思っている。
返信8
c
childrenさん (7p9e54y2)2020/10/24 19:50 (No.133135)
旧わが教団時代を通じて、眉をひそめるような不祥事がなかったわけでもない。
これらの不祥事を起こす指導者、信者に共通する点があるように思う。

まず、非常に優秀。なんというか、高い実績を上げている。
信者からの信望も厚い。
そして、信仰心もあるように、見える。
ま、小生から見た印象にはすぎないがな。

本人が、自分の思い込んだ信仰が、み教えが唯一正しいと思い、他はまちがっていると
信じて疑わないわけだから、他者への強制ぶりも強い。

その意味で、「み教えを返上する」ことを意味を見いだす。
一旦、み教えの造り主である主神様に返上する。そのうえで、改めて、主神様の意図をいただく。
まちがった解釈は、そこで浄化される、と思う。

したがって以降、わが教団の方針に基づいて、
御教えを、「聖言」という言い方に改めることにした。
一旦、主神様に返上して、新たに聖言としていただくことにしたのだ。
返信
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/7/27 22:04削除
旧わが教団時代のことだ。
当時は布教所と呼ばれていたが、信者さんが集まる施設が全国にあった。
その一つの布教所長を務めていた人物だ。
信者だといってもすべてが信仰に目覚めているわけではない。
なかには、会費さえ未納になったままの信者さんもいる。

この布教所長は、他の信者さんの会費や献金を集めたなかから、分散し、
未納信者さんの会費や献金に当てていたそうだ。
そのせいで、未納信者さんは脱会扱いにされることもなく、布教所の信者数も
減ることはなく推移していた。

献金は、神様に捧げるものだ。
献金額も含めて、神様に捧げようという想念を神様がお使いになるのだと教えられている。
それなのに、布教所長が自分の想念を介在させてしまうのは、献金の私物化だと考える。

その後、この布教所長は教団を辞めていくのだが、退職後に献金の割り振りが表面化した
ようだ。

信仰信念はとても強い人物で、夜中でも御用、御用といって飛び回っていたとか。
どんなに強い信仰信念があって、奉仕をし、熱心だったとしても、すべては神様のものという
一事が欠けていたことから離脱やむなきに至ったように思えてならない。
すべてが神様のものということを知っていたら、まるで神様のものを横取りするような真似を
しなくて済んだのではないかと思う。

すべては神様のもの、この一事を教えていただけたことだけでも、わが世界メシア教にいることが
いかにラッキーなことなのかをいまさらながら痛感する。
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/3/9 22:26削除
堅苦しい信仰は、小乗信仰であり、好ましくない、どころか、地獄信仰だ。
よく言われる言葉だ。
この言葉をこれ幸いとして、このくらいいいよなってわけで、ついついいい加減になってしまう。
このくらい平気、みんなやってるもんなって、わけだ。

古い信者さんに聞いた話だが、まだ教会制のころのことだ。
当時の入信献金は、3000円だった。
その時代の3000円だから、今では30000円以上ではないだろうか。
ところが、ある教会は、5000円にしていた。
これが、明主様の耳に入った。
 3000円と決めてあるものを、5000円にしたのだから、2000円分は盗みと同じことだ。
と仰って叱られたという話しだ。

この教会長は、別に私欲を満たすことに一生懸命だった様子はなく、
小さな教会だったので、運営費の不足を補おうとしたのだろうということだった。
そんな堅苦しいことを言わなくても……別に私物化したわけでもあるまいし、
と思わないでもないが、やっぱり神様は厳正なんだと思う。
献金は、神様に捧げるもの。
それを2000円を勝手に上乗せすることなんか許さないのだと思う。

じゃ、教団運営はどうするんだ?

こんな場合、小生ならどうするかを考えてみた。
やっぱり献金は、規定の3000円。
あとは、運営費として、プラス2000円を追加する。
そして、これを明主様に提案して、許可を得る。
万一、許可されなければ、やっぱり2000円は諦める。
それで教会が破産したら、それも受け入れる。

破産しなければならなくなったということは、破産したほうがいいということだと思う。
ま、神様は、破産などさせないと信じてはいるがな。
c
childrenさん (85dmj2x1)2022/10/24 08:57削除
ケータイ奪取問題と、神様への心がどうつながるか?
信者なら、祭典を厳粛に挙行させていただきたいという心は誰にでもあると思う。
その心を神様は、お使いになるのではないだろうか。

それなのに教団が、強行に厳粛を作り出してしまえば、
信者は心をお捧げする道を断たれてしまうことになる。
その結果、神様が受け取ることになるのは、
力ずくで厳粛を実現しましたよという教団の満足心と、
力ずくでケータイを奪取されたという信者の不快な心、
というわけだ。

献金だって同じで、ご利益目的で、あるいは信者同士の人間関係、教団内の立場のために
献金を集めましたよという、満足心と、無理やり「とられた」という不快な心。
神様がお使いになるのは、この2つの心になってしまう。
こんな心を使わなければならないわけだから、神様だっていい迷惑かもしれない。
と考える。

信仰者なら、いや無信仰者だって、神様を求める心は持っているように感じる。
この心を、邪魔しないこと。
どう誘起させて、神様に届けられるシステム。
これが宗教教団の役目ではないかと考えている。
繰り返すが、
 神様を求める心を誘起させ、
 神様を求める心を、神様に届ける道
の2つだ。

小生の、この考えは、思い上がりなんだろうか?
そんな不安もないことはないが、否定しようとするたび、肯定する思いのほうが
強くなってくるのだ。
c
childrenさん (85dmj2x1)2022/10/23 21:15削除
中華人民共和国では、習近平総書記の続投が決まったようだ。
報道でしか知らないが、独裁を続ける同氏は、真から尊敬されているわけではなく、
逆らうと怖いから、面従腹背よろしく、あるいは利益を得るためにしたがっている人が
ほとんどだという。
小生も、おそらくそうではないかと思っている。

今回の続投劇でも、さらに独裁体制を固め、地方ではすでに粛清が始まっているようだ。

面従腹背。
これはなにも政治やビジネスシーンだけではないと思う。
神様に対しても、面従腹背がないとはいえない。
小生自身、それを完全に経験なしとはいえない。
幸い、現在は、面従腹背にならないように気をつけてはいるが、
気づかないうちになってしまうのが怖い。

旧教団時代、実践月間などがあり、入信者や献金を集めることに協力した経験がある。
小生はまだ年若で、先輩信者についていっただけで、なにかを話したりすることはなかった。
それでも心の中では、こんな強引なやり方で、神様はお慶びになるのだろうかという疑問は
常に抱えていた。
別の青年信者さんで、実際に言葉に出した人もいた。
そのときの先輩信者さんの回答は、
 「入信者ができたとか、どのくらい献金したかじゃなくて、そのことに取り組むことが
  修行じゃないのかな」
少し納得した。
次の瞬間、新たな疑問が湧いてきた。
 自分の修行のために、別の人を巻き込んでいいのかな?
先輩信者さんが、回答した。
 だって相手が幸せになることだから。

半分納得し、半分は疑問のままだ。

神様は心をお受け取りになる。
だれかを幸せにするために一生懸命になる心は大事だと思う。
しかし、入信や献金という目的しか目に入らなくなり、相手がいやいや同意させてしまうこともある。
おすすめに回った側にはいいが、相手方の心は神様に届くのだろうか。
いやいや入信したという心は、届くかもしれない。
そのことを神様が不快に思って起こったのが、今回の旧統一教会騒ぎではないかと考えている。
ひいては、わが教団の、大祭時のケータイ奪取問題ではないか、と。
c
childrenさん (7pf0fln2)2020/10/28 18:13
人間には、他者から認められたいという欲求があるそうだ。
またコメディアンのビートたけし氏によれば、
「誰かより上という」ことを求めているともある。

小生の心のなかを覗いてみると、2つとも存在している。
その心が多大なリスクをもたらすことはよくあるのに、だ。

かといって、リスクは避けたい。

そこで考えたのだが、あるものは否定しない。
否定しないままで、「その上」を求めていけばいい。

その上とは、主神様だけを見ていくことだ。
プライオリティの最上位に、「主神様に見ていただく」ことを置く。
そうすれば、リスクは軽減されるのではないだろうか。
またしても、リスクマネジメントの発想なのは、スマンな!
c
childrenさん (7pc5mqvb)2020/10/26 18:16
実績のある幹部や信者にかぎったことでもないと思う。

よく参拝したり、奉仕したりしていると、他の信者から称賛の声が上がる。
その声をいつしか真に受けてしまうのは珍しいことではない。
自分でも熱心な信者だと思い込んでしまったり、神様に気に入られていると
思い込んでしまったりもする。

これが怖いなと思う。
だから、なるべく目だたないように気をつけている。
つまり陰徳。
献金や奉仕は、人の目につかないところでするように心がけているのだ。
ま、一種のリスクマネジメントだから、純粋な信仰心からではないのが、ちと
残念ではあるが。
正直な心境だ。
c
chikdrenさん (7pass7q1)2020/10/25 19:28
古代ローマ、ネロの少し前の皇帝に、カリギュラという人がいた。
待望の声に迎えられて皇帝に就任した人物だった。

あるとき、高熱に冒された。
カリギュラを看病していた部下が、
「皇帝が回復するなら、自分の命は捧げてもいい」と言った。

回復したカリギュラは、「あの約束を守ってもらおう」と言い、
部下を殺した。
歴史上では、カリギュラは熱病に冒され、狂ったからだとすることが多いようだ。

深読みしすぎかもしれないが、心にもないことを言ったことへの怒りではなかったかと思う。
本当はそこまで忠臣でもないのに、ついつい忠臣ぶったりすることがある。
自分でも忠臣だと思い込んだりすることもある。

そんなウソの忠臣を捧げられて、神がうれしいはずはない。
熱心で、実績を上げる幹部や信者がとかく不祥事を起こしてしまう理由の一つは、
こんなことがあるのかもしれない、と自戒する。
返信7
c
childrenさん (7jfhd1eq)2020/5/30 22:09 (No.86046)
メシア降誕により、光と熱が強くなる。
熱が強くなると、固められにくくなる。
強制力を行使して、都合が悪いことを、抑え込んでしまう。
こういったことが難しくなるのではないだろうか。

刑事弁護の専門家によれば、
「従来は、都合の悪いことは言うなと言っていた。しかし現在は、
隠すとあとでバレたときが怖いので、なるべく本当のことを言って、
情状で行くのが最先端の弁護方針だ」
とのこと。
 熱が強くなったことを表す、一例かなと思った。
返信
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/7/5 22:26削除
確認したわけではないが、世界じゅうの人を知能指数検査をしたところ、
東アジアが最も高かったそうだ。
アジア人が数学に秀でていることは、別の機会に聞いたことがある。
そのことを考え合わせても、知能指数の件もまんざら根拠のないことでも
ないとは思う。

知能指数が高いとされた日・韓・中の3国中、日本は3番目だとか。
知能指数がどこまで当てになるかという疑問もあるが、
知能指数で、人類の幸福とはそのままスライドしないことは、現状が証明している。

高い知能指数を、どのように生かしていくかが大事だと思った。
体力がどこまでついていくかも大事だしなぁ。
c
childrenさん (85dmj2x1)2022/3/5 21:21
一時的な現象だろうか。
以前から、こんなスキルを持った人材が欲しいなと思っていたのだが、
今年になって、そのスキルを持った人に、立て続けに出会った。
周囲の人間関係が非常にいいこともある。

こんなことを言うと、ねたまれるのが怖いのだが、
やっぱり天国を実感する日々だ。
昨年後半から少しずつ実感する機会が増えている。

もちろん脚の痛みなど、様々な問題を目いっぱい抱え込んではいる。
人と比べて、幸福だと思っていない。
ただ、マクロで見ると、一年前と比べて、ものすごく天国になっている気がする。


気のせいだろうか?
c
childrenさん (85dmj2x1)2022/2/8 21:05
立春祭をはさんで多忙を極め、帰宅後も頭がしっかりしないまま
ただ職務を遂行していた。
大きなミスもなく過ぎたことに感謝、感謝だ。
本日は、約10日ぶりに休みがとれた。
じっくり休んだせいで、ようやくすっきりした頭になった。

今回の立春祭。
小生の学びは、明主様のお立場だ。
これまでも、明主様がメシアであることは幼少時から知ってはいた。
あるようなないような、その後の信仰生活のなかで、
明主様がメシアのご神業を担っていらっしゃったことは、はるか彼方に
かすんでしまった気がする。

明主様は、病気を治したり、自然農法や芸術に新たな段階をもたらしてくださった
だけはない。
浄霊も、自然農法も、芸術も、すべてはメシアのご神業を遂行するための、前座だった
のかもしれない。

滅亡の危機に瀕した人類を救う、
古くから聖書にも記されている、メシア。
今までの明主様への向かい方は、非常に失礼なものだった気がする。
明主様を、本来の位置へ。
そのことを思い始めている。

ま、教主様は以前からそう仰っているのだが、今一つ、自分のこととして
考えていなかったってことだな。
c
childrenさん (85dmj2x1)2022/2/6 20:51
立春祭に参拝した信者さんより連絡があった。
 昔は、聖地に参拝して、厳かな神前、はかま姿の斎員による献せん、
 八雲琴の響き……聖地はいいなぁと思っていた。
 ところが自宅に戻り、仕事に就くと、聖地での思いはどこかに消え去った。

 現在は、はかま姿の斎員もいないし、八雲琴の響きもない、献せんもなければ、
 ご神前すらない。
 でも、自宅に戻り、仕事に就くと、意欲がみなぎってくる。参拝している最中より、
 神聖な気持ちになっているくらいだ。

これ、そのまま小生の実感でもある。
参拝中は、どこか物足りない気持ちにならなくもない。
現在は、祝詞もなく、ただ黙って頭を下げているだけ。
それなのに、気づくと、意欲に満ち満ちている自分に気づく。
いつも、毎回、そうだ。

そして、参拝を重ねるごとに、意欲的な気持ち、神様の近くにいる気持ちが
どんどん強くなっている。
気のせいだよと否定しても、この実感は消えないのだ。
c
childrenさん (85dmj2x1)2022/2/5 16:42
立春祭で大阪に行って、帰宅。
仕事が立て込んでいたので、かなりタイトなスケジュールをやりくりしての
参拝だった。
帰宅した今日も仕事だ。
仕事はあるのはありがたいことだし、仕事先にも無理を押し付けての参拝だったので、
今日はがんばるしかない。

立春祭のことはすでに公表されているので、小生は細部について感じたことを記すことにした。
これは、体温測定だ。
複数人を一度に測れる近代的な機種だったが、どれも36度台の数字が並んでいたので、ホッとした。

というのは、このところ、どこに行っても体温をチェックされる。
その体温計を見せてもらうと、35度台が多い。
なかには34度台という数字が出て、小生は病気になったのか!? と心配することもある。

根拠のある憶測ではないのだが、一般的には最初から1度ほど低くなっているのではないかと
いう声が多い。
そんなことができるのかどうかはわからないんだが、どう考えて35度台の体温なのはおかしい。

いくらなんでもせっかく訪れた人を高音だからと言って、帰すのも気が引けるという配慮があるのかもしれない。
用意していた人材が減るのも困るという事情があるのかもしれない。
いずれにしても、人間のたくましさを感じてはいる。

しかし、教団の場合は、そのへんはお構いなしに、ストレート。
ありのまま。
この、ありのままなのが、小生としては、このままでいてほしいなと思わないでもなかった。
かといって、四角四面なのも……。
と思ったりしないでもないが、可能な限り、ありのままでいいのではないだろうか。
あんまり世慣れすぎても、付け込まれる心配があるし、
そのへんの線引きは難しいところなんだろうな。
c
childrenさん (85dmj2x1)2022/1/17 23:17
アインシュタインの特殊相対性理論によれば、
 光の速度については、距離と時間は収縮する。

霊界研究者によれば、あの世に旅立った多くの霊が、
 時間の話になると、ポカンとしている。
 「亡くなってから、もう何年ですね」
 と問うと、はぁ? という表情になるのだそうだ。

キリスト者だったか忘れたが、宗教者によれば、
 神は、地球創生から未来永劫に至るまで、一枚の図面を見るように
 一望している。

これらにより、小生は、
 神は、スマホやアイフォンを見るように、時間、空間を、広げたり、縮めたりして
 全部を、いつでも、どんな細部だって見通せるのだとイメージしている。

メシア降誕から約70年。
 主神様にとっては、伸縮自在の時間だったのかもしれない。
時間と空間のしばりがある、われら人間にとっては、天国に行く時間が70年分、
遅れてしまったことになる。

そういえば、明主様のこんなご聖言を聞いたことがある。
 神は、遅れた分は、一気に取り戻す。
伸縮自在なら、理論的にも納得できる。

あと半年、いよいよ、メシア降誕本祝典が実現する。
遅れた分は、一気に取り戻される。
嬉しいような、怖いような。
返信6
c
childrenさん (7oy405tq)2020/10/16 22:21 (No.130493)
光が当たれば、影ができる。 陰ではなく、影だ。
教主様の後継者、真明様はおっしゃた。

悩み、苦しみ、浄化と呼んでいる状態は、影を見ていることだ。
悩み、苦しみという影ができたということは、神様からの光が当たっていることだ。
つまり、救いが始まっているというだ。

悩み、苦しみの状態にあるときに、救いが始まったと思えるということが、
神の赦しを受け入れるということではなだろうか。

コロナ不況のなかの、大けが。
仕事はできない。
正直、どんづまりだ。小生は、神様から見捨てられたのではないかと思うことすらある。

そんな日々、真明様のお言葉に接した。
どんづまりは、影。
小生には神様のお光が当たっている。
どん詰まりを受け入れることで、メシアの救いを受け入れよう。

ふと、そんなことを考えた。
返信
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/6/30 22:50削除
世界メシア教機関誌『グローリー』本年2月号。
教主後継者の真明様による、今は亡き教団幹部との思い出が掲載された。
真明様がどのような思いを抱こうと、これは真明様の自由だ。
同じように、そのことにどのような感想を抱こうと、それは焼成の自由だ。

というわけで、真明様にとっては恩師であり、尊敬の対象であり、感謝の念を抱いている人物が、
小生にとっては不快極まりない人物として映っている。
当然、読後感は、最悪だった。

真明様は、
 ……、(この人物の)真の姿を知らないと言わざるを得ない。
と断定している。

仰る通り、小生は、この人物を知らない。
顔すら知らない。
知っているのは、この人物の名前と所業だけだ。

人間には、ある人に見せる顔と、別の人に見せる顔がある。
真明様にとって好人物が、別の人、とりわけライバル視している人にどんな顔を見せ、
どんなことをしたか。
そこを追求することなく、断定してしまうことは、危険極まりない行動だと憂うるしだいである。
c
childrenさん (8ncp4ynd)2023/4/20 21:41削除
暗い部屋に電灯を灯せば、明るくなったことが一目瞭然となる。
しかし、太陽の下で電灯を灯しても、気づかないことも少なくない。

地獄界から天国に来れば、すぐに明るいとわかる。
しかし、天国にいると、神様の光には気づきにくい。

そこで、ご守護がなくなったとか、光を感じないとかいう声になるのかもしれない。
ご守護のなかにいるから、ご守護に気づきにくい。
光のなかにいるから、光を感じにくい。

このようななかで信仰を養っていくには、どうすればいいのだろうか。
信じるということの意味を、いまさらながら考えさせられるなぁ。
c
childrenさん (85dmj2x1)2022/4/28 22:37
ギリシア3哲人といえば、ソクラテス、プラトン、アリストテレス。
そのプラトンのなかに、「影」が出てくる。
そう、イデア論だ。

我々が見えている社会の外に、理想的な社会であるイデアがある。
我々の社会とイデアの間には、壁が立ちふさがっているので、イデアを見ることはできない。
しかも本来の社会は、イデアである。
イデアには光が満ち溢れているが、壁に遮られて、影を見ることしかできない。
イデアを神の世界だと仮定すると、真明様のあいさつにある「影」とかなり合致する。

アリストテレスは、世界は1つであり、プラトンの2つの世界説を否定したと教えられる。
イデアなんてなく、我々が見えている世界しかないというが、アリストテレスだ。
本当に否定したのだろうか。
哲学に馴染みのない小生の仮説であることを承知されたい。

これまで主神様の天国と、われらの住む地上に分離されてきた。
それが、このたびの、メシア降誕によって、地上にも天国ができた。
霊界の天国と地上の天国が一体化することではないのかな?
だとしたら、世界は1つとするアリストテレスの説も間違っていないということになる。

プラトンからアリストテレスに移るわずかな時の流れでしかないが、
主神様の経綸は進み、プラトンの2つの世界が、アリストテレスの1つの世界になった。
地上天国に向けた主神様の経綸の、一つの小さな型だったりして……。
少々強引な仮説ではあることは承知しているが、そんなことを考えてみた。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/9/28 21:02
従来、光は波だと考えられてきた。
ところが、光は物体に当たって反射すると、粒子になっている。
波である光が、粒子に!?
この説明がつかなったそうだ。

そこで、アインシュタインは、光の波は粒子の集合体であると考えた。
それなら、説明がついた。

聖言によれば、高位の霊ほど、軽く小さいとある。
最高神である主神様の光は、最も小さい粒子だと思う。
物体に当たっても反射することなく、通過する。
大量の粒子が通過すれば、物体の粒子の結合が離れる。
曇りが解消する仕組みは、こんなところかなと想像した。
どうかなぁ?
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/9/27 20:50
影ができるのは、光が当たったから。
これは、すでに納得できた。

そのうえで、気がかりなこともないではない。
光は、障害物があれば、屈折する。
主神様のお光、浄霊のお光をいただいたところで、障害物(曇りか?)が
あれば、屈折してしまうのではないか!?
永遠に、影ができたままになるではない!?

あれこれ考えて、例えば、虫眼鏡。
虫眼鏡で光を集中させて放射すると、燃える。

そっか、強い光は、障害物を焼却するんだ!
この世で最高に強い光は、主神様のお光だ、と思う。
だから、障害物は消え、影も消えるということか。
よくはわからないけど、そんなことを考えてみる。

やっぱ切羽詰まってるんだろうな、小生。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/9/22 21:08
影ができるのは、光が当たっているから。
つまり救われたということだ。
いつまでも影が消えないと、永遠に消えないままではないかと考えてしまう。

視点を変えてみれば、影ができるのというのは、光を遮るモノがあるからだ。
光を遮るモノが、曇り、あるいは執着、我というものだろうな。
曇りをとるには、光をいただくこと。
主神様への祈り、すべてを委ねる想念の御用で消えていくんだろう。

こんなことを考えるのは、小生もかなり追い詰められているということなんだろうな。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/8/11 18:14
どうしても叶わないことがあった。
諸般の事情から、諦め、別の道を選んだ。
気持ちは進まなかったが、それが主神様のみ心なら受け入れようと
考えたのだ。

その3週間後、諦めていたことが、実現した。
それはとても喜ばしいことなので、そっちを選んだ。
つまり、別の道を裏切った格好になった。

諦めずに、初志を貫くべきだったのだろうか。
そうすれば、裏切らずにすんだ。
しかし、執着が残っていれば、初志が実現したどうかは疑わしい。

主神様のみ心って、本当、難しい。
とりあえず、初志が叶ったことは嬉しいし、感謝もしている。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/3/27 11:08
すぐ売れる役者さんもいるが、多くは長い下積みのあとようやく生活できるところに行ける。
そこまで行ければまだいいほうで、下積みのまま消えてしまうことが大半だろう。

中卒で就職し、役者を目指して大部屋俳優になる。大部屋はかなり不合理な世界で、
生活はできない。暴力、蔑みは当たり前のことだという。

アルバイトをしながら実家に仕送りし、大部屋生活。30歳すぎてようやく独り立ちした俳優さん。
生活できるようになるまでに、反社会勢力からの誘惑も多かったそうだ。
誘惑に負けなかったのは、親のためだという。
「親に愛されていたことがわかっていたので」、危険な世界には入らなかったと、この役者さんは
明言した。

同じように神に愛されていると実感する人は、反社会行動には走らないのではないだろうか。
寸前のところで思いとどまるのではないだろうか。

尾行・盗聴・盗撮などという反社会的行動を実行した人たちは、神に愛されていることに
気づかなかったのかもしれないと思った。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/3/25 20:20
何でも知りたがる理由は、一つには下衆な好奇心。
もう一つは、不安ではないかと思う。
嘘を吐かれているのではないか、騙されているのではないかという不安だ。

フランスのブルボン朝時代、ルイ14世だったと思うが、朝から晩まで
私生活を公開した。
太陽王と呼ばれた絶対君主でも、民衆からの疑いを晴らしたい思いがあったという
ことだろう。
 かなり悲しい。

ブルボン朝といえば、出産は公開だ。
女性の最も秘密にしておきたい部分を、民衆の前で披露するのだ。
本当に王妃から生まれたことを証明するのが目的だったと言われている。
 かなりかなり悲しい。
 そもそも人権侵害だ。

疑いだしたらキリがない。どんなふうにでも疑える。
しかし、我々には信仰がある。神様がいらっしゃる。
自分たちが心から信奉する王を与えてくださった神様を信じることができる。
人権侵害を犯してまで、人間的な疑いを晴らそうとする必要を感じないですむ。
変な王だったら、神様が許しておくはずないじゃないか!
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/3/24 20:26
光と影。
世の中、相反するものが同時進行する、と思う。

LINEでの会話が流出したというニュースが流れている。
世の中、明るくなるにつれて隠し事ができなくなる。
水晶世界だ。

それはそうなんだが、なんでもかんでもだろうか。
隠し事ができなくなると同時に、隠さなければならないこともあるのではないだろうか。
私生活だ。
個人情報保護法ができて、息詰まる気分なのはたしかだ。
息詰まるのは、法律で強制されるから。

法律で強制される前に、何でもかんでも知りたがる覗き見趣味を改めるほうがいいように思う。

その情報は、本当に知りたい情報なのか、社会に必要な情報なのか。
隠し事ができなくなると同時に、知られる必要のない情報はしっかり守れるのが、
水晶世界だと考えるのだ。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/3/19 20:44
わが世界メシア教は、相変わらず、根拠のない誹謗中傷にとり
囲まれている。
送りつけてきた誹謗中傷文書を読むと、やはり憤りを禁じ得ない。

これは影の面だ。
影ができるということは光が当たっていることでもある。

黄砂は日本人にさまざまな害悪をもたらす、しかし黄砂が吹き付けるから
米や魚が美味しくなるのだそうだ。

昔、プレジデントという雑誌で読んだ。
宗教は、叩かれるほど広まっていく。
誹謗中傷があるからこそ、世界メシア教は順調に推移しているのかもしれない。
まちがいなく、主神様の光が当たっていることだと思う。
c
childrenさん (7phxfkdn)2020/10/30 19:13
影には、自分の意思がない。
自分の意思であっちに行ったり、こっちに来たりできない・
影の形や行動を決めるのは、影の持ち主だ。

つまり、自分が変れば、影も変わる。
影が悩みや苦しみだとしたら、悩みや苦しみを変えるには、
自分を変えるしかないということになる。

想念の御用としていうなら、
すべてをお委ねいたしますってことで、影は変わる。
c
childrenさん (7p3l28gw)2020/10/20 18:18
光が当たると、影ができる。
光の当たらないところを、陰という。
何があってもいいけど、陰だけは作らないようにしようと思う。

国家や社会、個人にも、光の当たるものと、陰になるものがある。
そして、一つの国家、社会、個人のなかにも、光の当たる部分と陰になる部分がある。

陰になる部分、神様とつながっていない部分。

小生のなかの、陰をできるだけなくしていこうと思う。
c
childrenさん (7ozeueci)2020/10/17 20:12
影をできなくなるときを考えた。
① 光源が真上にあるとき
② 光を遮る物体が透明なとき
③ 自らが光源になるとき

①は、光と一体化すること。つまり、主神様の意図通りになることだ。
②は、曇りがなくなること。 現在の社会生活を送る以上、不可能に近い。永遠の未来ということだ。
③は、光を追加すること。 つまり、自らがメシアになることだ。

①と③は、ある意味、同様のことだ。 人類一人ひとりが、新たな光源を放てば、影の部分はなくなる。
主神様は、そのためにメシアを遣わしたのであって、主神様の意図に合致すると我らは信じている。
まぁ、そうなれば自らの曇りも消えていくから、②も実現は、ぐっと身近になるわけだが。

一人ひとりがメシアになる。これを批判する人もいるが、合理的だと思うんだが。
なにせ、神は合理なんだから。
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