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c
childrenさん (7q3l7suk)2020/12/29 06:22 (No.154913)
メシアのご神業。
今のところ、ご神名の変更ばかり話題になっているようだが、
まだまだ変わる。

正直、あぜんとしないでもない。
ただ、論理的に考えると、辻褄が合う。
以前から、漠然とではあっても、辻褄が合わないなと感じていた部分が
合うようになったというところだ。

変だなと感じていたところが、ここまで是正されていく。
少し怖い気もするが、ウキウキもする。

小生の信仰人生は、メシアのご神業にくれてやるぜ!
という心境だ。
返信
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/6/23 15:51
アラブの祖となるイシュマエルは、アラビア半島方面に行く。
ユダヤの祖となるイサクの子孫は、エジプトへの連れ去られる。
どちらが、カナンの地にいたかということになると、ユダヤのほうがやや有利な
印象を受ける。
アラビア半島方面に行ってしまうわけだから。

ところで、アブラハムは何系民族なのだろうか。
シュメール人だとすれば、カナンの先住民とはいえない。
ヘブライ人だとしても、セム語系だから、アラビア半島の住民だったことになる。

カナンの地にとって、ユダヤ、アラブ、どちらも後発の住民に過ぎないことになる。
どちらが早くカナンの住民になったという面からみても、
やはり、難しい問題だ。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/6/22 14:38
さて、ユダヤといえばエルサレム。
メソポタミアのウルにいたアブラハムが、神の命令を受けて
移動したのが、カナン(パレスチナ)。
エルサレムのある場所だ。

調べてみると、アブラハムは、多くの民の父という意味もあるようだ。
ユダヤ、イスラム、キリスト各教の源とともいえる存在なので、ぴったしの
ネーミングといえそう。

アブラハムの正妻とされるサラから生まれた子、イサク。
     の妾とされるハガルから     、イシュマエル。

前者がユダヤ(イスラエル)人の祖とされ、
後者がアラブ人の祖とされている。

エルサレムをめぐる争いは、このときに始まったといえそうだ。

正妻、妾となっているが、実際にはどのような問題があったのだろう。
そこが分かれば、世界の平和実現への大きな解決につながると思うのだが。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/6/21 12:32
セム語系の人たちの移動は、1000年ほどかけて行われている。
おそらく、のちにヘブライと呼ばれる人たちも、同じように長年月をかけて
移動したものと考えていいのだろう。
だから武力による侵攻ではなかったのだろうから、恨みめいたことは考えにくい。

そもそも移動自体の理由も定かではなく、単に人口増加に対応するために、
豊穣の地をめざしたと考えられている。

他のセム語系が、人のいない場所をめざしたのに、のちのヘブライだけが文明の地を
めざした理由はなんだろう。

信仰的に考えると、文明を習得する必要があったからではないだろうか。
ノアの方舟、神殿など、シュメールには、旧約聖書と重なるものが少なくない。
メシアの予言を預けるために、すでに用意された移動であり、民族だったのかもしれない。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/6/20 11:19
世界メシア教は、メシアの救いを担わせていただく教団である、と思う。

現在の歴史上、最も早く文明が開けたとされる、メソポタミア。
聖言によれば、ここが天国になれば、世界の天国が完成すると仰っているのも、メソポタミアに
隣接する地域だ。

そして、主神様がメシアの予言を託されたユダヤ人も、メソポタミアに深いかかわりのある人たちだ。

セム語系と呼ばれる人たちは、アラビア半島から北上し、オリエント各地に移動した。
フェニキア人、アラム人など多くのセム語系の人たちは、文明のできていない土地、人があまり
住んでいない土地へと移動し、商売を始めた。

例外は、のちに「ヘブライ」と呼ばれる人たち。
ウバイド人を経て、シュメール人が画期的ともいえる文明を謳歌していた三角州へと移動した。
チグリス、ユーフラテスという川(ポタミア)の間(メソ)だ。

他人の土地へと侵入するわけだから、トラブルになったことは想像に難くない。
のちにユダヤ人の悲劇は、このことと関係があるのだろうか。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/6/7 19:14
メシアの預言がいつごろからあったかは知らない。
ユダヤの旧約聖書に記述されていることくらいは知ってるのだが。

ユダヤ人は、ギルガメシュ神話やバベルの塔などで有名なシュメール人を母とする
アブラハムの息子、イサクが祖とされている。
シュメールが多神教であったように、ユダヤも最初は多神教だったようだ。

一神教になるのは、バビロン捕囚前だとする説が多い。

政治が共和制から王政に移るように、神の世界も、多神教から一神教に変遷する
ということだろう。
一神教、メシアの預言も、このあたりから始まっているかもしれないと思った。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/6/6 20:04
とはいえ、ユダヤからイエスの救いは、贖いの段階。
今回は、メシアの救いだから、最後の審判ということなのだろうか。

だとしたら、世の終わり。
ここでいう「世」は、メシアの救いに与れなかった世界のこと。
ということは、最後の審判のあとが、消えていく世界であり、
消えていく世界に住む人々も消えていくということなる。

これは大変な事態だ!!!!!
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/6/5 14:36
律法を伝えたのはユダヤだが、愛と赦しを伝えたのはイエス。
こんなCMが流れていた。

わが教にも当てはめてみた。
浄化、自然農法、美による救いなど、自然界の律法を教えてくれたのは、
メシア降誕までの明主様だが、主神様の愛と赦しを教えてくれたのはメシア降誕後の
明主様。
世界メシア教は、メシア降誕後の明主様の聖業を引き継いでいるのだと思う。

今日まで、メシア降誕後の救いに与れていない他教団の人が気の毒でならなかった。
同じ信仰をしてきた仲間なのに、なぜ、救いに与れなかったのか。
怖いとさえ感じた。

しかし、ユダヤ人は今も活躍しているし、大成功者もたくさんいる。
ただ、愛と赦しに与れなかっただけだ。
問題なのは、「必ず成功するが、幸福になれるかどうかは別」ということ。
これは小生が直接、ユダヤ教の人から聞いた言葉だ。
迫害も、半端じゃなかったし……。

それでも、とりあえずは、他の教団もユダヤ人にならって消滅することはない。
浄霊の力も、自然農法も、美による救いも何ら変わるものではないということだろうし。
ただ、愛と赦しに与れないというだけのことだ。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/6/2 20:39
古代のわが国では、仏教導入をめぐって
蘇我氏と物部氏が抗争を繰り広げた。

異国の宗教である仏教を導入しようとする蘇我氏、
それでは神道の神の怒りを買うと反対した物部氏。
疫病に際して、幾度かせっかく建立した寺院が焼き払われることもあった。

聖言によれば、仏教は日本由来の神の化身による宗教だが、
当時の日本人は、そんなこと知る由もない。

メシア降誕は、神がユダヤ人を通じて預言し、わが教の教祖の手によって降誕した。
(世界メシア教は、そう信じる宗教である)

その一環として、キリスト教との呼応も教祖の聖言から読み取れる。
昔の物部氏は仏教が日本由来だと知らずに反対したが、元わが教の信者たちは
聖言を知っているにもかかわらず、反対している。

物部氏のその後を知ってる小生としては、キリスト教化を非難する人たちの
末路を少なからず心配してしまうのである。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/5/29 12:06
あくまでもシンボリックな話としてだが、
そして他の2教団への失礼を最初にお詫びせねばならない。

東方の光、いづのめ、主の光 いずれも聖言に記述がある。
東方の光は、MOA活動で、一応、明主様の聖業を世に出した。
いづのめは、教主様を衰退して、一応、縦(教主)と横(教団)を結んだ。
主の光は、五六七大神を下生させて、一応、ミロクの世を完成させた。

ミロクの世、つまり地上天国ができたことによって、
メシアの聖業がスタートした。
メシアの聖業は、人々を天国に移住させることではないかと考えられる。

すべては必要があって生まれ、使命を終えて消えていく。
そう考えると、他の2教団は、メシアの聖業に参加するか、あるいは消えていくかしか
ないことになる。
あくまでも、小生個人の見解であることを、重ねてお断りしておきたい。

世界メシア教には、かつて東方の光教区、いづのめ教区があり、みろくの世を
完成させた主の光教団に参加した格好になっているという事実を見過ごせない。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/5/13 20:10
ユダヤといえば、唯物論の代名詞のように語られている。
ところが、ユダヤ教の人に尋ねてみると、微妙に異なる。
 神がいないというんじゃなくて、神はいないものとして生きていく。
神に対する依頼心を捨てて生きるのだということのようだ。
神を当て込んで手抜きしているのに比べると、頼もしい気がする。

どうせ許されるから、少しくらい……というのはさておき
神様が見ていらっしゃるから、最善を尽くすと考えればいい。
メシア降誕前なら、神はいないものと考えることも必要かもしれない。
でもメシアは降誕したと考えている明主様信者には、ちょっと違う気がしないでもない。

ところで必要以上に心配し、他者の非ばかりをあげつらうことに躍起になる。
これは、神はいないものと考えているのと同じではないか。
こういう人たちにかぎって、ユダヤ批判をする傾向があるのだが、
これは近親憎悪なのだろうか。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/5/6 21:07
アメリカで解放された元奴隷が帰国して作ったのが、リベリア。
米国で暮らした元奴隷は、未開の地にいた現地奴隷を差別したそうだ。
かなりショッキングだ。

差別される辛さを知っていた元奴隷が、同じ人種の人たちを差別する。
いじめっ子といじめられっ子は、同じ霊界にいるのかもしれない。
霊界が変わらない限り、差別のない霊界に向上しない限り、
いじめはなくならないのかもしれない。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/3/11 20:03
唯物思想下、この場合は、絶対力を持つメシアが降誕する前の時代。
その時代に用意されていた宗教文化だって、絶対力登場下では
主神がお使いにならないはずはないではないかと思う。

主神様がお使いになることが、わが教祖、明主様がおっしゃった「宗教を救う」と
ことではないかと思うのだ。

現在、世界メシア教ではご神名奏上のあと、「祈りの言葉」と「主の祈り」を奏上している。
祈りの言葉は、現教主様がキリスト教の教えを基にお作りになったものだと思う。
主の祈りは、海外信徒の要望を教主様がお受けになり、一部手を入れたものだ。

祈りの言葉は、善言讃詞。
主の祈りは、天津祝詞。
じゃないかと、小生は内心で想定している。
基になったものの、改変具合でみただけだが。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/3/10 19:08
教祖、明主様のご聖言によれば、
「神があることを知っている人はいない」(趣旨)

そんなことはない!

そう思う人はいっぱいいると思う。
しかし、この場合の神とは主神様であり、主神様があることを知っている人はいないと
おっしゃったんだと思う。

小生を含めて、これまで神を信じていると思い込んでいた神と、主神様は異なるということだ。
神があることを知っている人は少ないではなく、「いない」とおっしゃっているわけだから。

これを基に、なぜ明主様は、仏教や神道の形式を用い、将来に向かってキリスト教と呼応すると
おっしゃったのかを考えると、合点がいく。

すべては「主神様のもの」である。
仏教も、神道も、キリスト教も、すべて主神様のもの。
だから、用いるのではないだろうか。 自分のものだから。
地上天国を実現するために、主神様は仏教や神道、キリストを教を用意されていたのだなぁと
思う。

唯物思想下で発展してきた物質文化は、一転して善の下で利用される。
こんな内容のご聖言があったのを思い出した。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/3/9 20:07
昨年まで主に夕拝時に捧げていたのが、善言讃詞。
法華経のなかにある観音経を、教祖である明主様が祝詞風に
手を加えたものだ。
 「世尊」「福聚海無量」など、耳に馴染んだ語も散見される。

われらが教祖、明主様は神道、仏教の形式を用いてご神業を進められた。
そして最後にキリスト教との呼応を打ち出してご昇天された。
ご神業の方向性をはっきり示されて教祖であり、初代教主としての
お仕事に一応のピリオドを打たれたわけだ。

神道、仏教形式の導入にはなんらの疑問をあらわすことのなかった明主様信仰者が、
なぜ、キリスト教との呼応にだけはやたら異議を唱え、反感を打ち出すのかが
さっぱり理解できない。

キリスト教との呼応にアレルギーを示す人たちは、本当に明主様の信徒だったのだろうか。
大いに疑問を感じざるを得ない。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/3/8 19:37
わが世界メシア教で、昨年まで奏上していた天津祝詞。
基になった神道の天津祝詞をご存じだろうか。

神道の天津祝詞

高天原に神留り坐す
神漏岐、神漏美の命以て
皇親神伊邪那岐乃大神
筑紫の日向の橘の 小門の阿波岐原に
禊祓ひ給ふ時に 生坐せる 祓戸の大神等
諸々の禍事罪穢れを 祓へ給ひ 清め給ふと 申す事の由を
天津神 地津神 八百万神等共に
聞し食せと 畏み畏みも白す


たかあまはらにかむづまります
かむろぎ かむろみのみこともちて
すめみおやかむいざなぎのおおかみ
つくしのひむかのたちばなの おどのあはぎはらに
みそぎはらひたまふときに あれませる はらへどのおほかみたち
もろもろのまがことつみけがれを はらへたまひ きよめ給たまふと まをことの由よしを
あまつかみ くにつかみ やおよろずのかみたちともに
きこしめせと かしこみかしこみもまをす

日本国内でのご神業が主流であった時代、
教祖、明主様は、神道の天津祝詞に多少の変更を加えて、祝詞として奏上させていただけるように
してくださった。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/2/2 21:07
イエスくらいの奇跡は、信者ならだれでもできる。
というようなことをご聖言から読み取ることができる。
そのせいか、信者のなかには、イエスと明主様を同等に見ることをいぶかる声がある。

よく考えればわかるのだが、わが教祖、明主様が上か下かなどにこだわる思想がない
ことは明らかだ。

イエスの時代から2000年過ぎている。
その分、神の経綸も進んでいるはず。
2000年後に現れたメシアのほうがより強い力を発揮するのは当たり前のこと。
でなければ、主神様の経綸は後退したことになる。

このことを以て、上か下かにこだわるってのは、どういう頭脳構造なんだろう。
どちらも主神様が、人間を救うために降臨させてくださった神の子、メシア。
馬と、飛行機のどちらが速いかを論じるようなものだ。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/1/8 06:57
小生がファンになってしまったユーチューバーのキリスト教伝道師。
イエスがメシアに位置付けられなかった原因は、
聖書以外の言葉に惑わされてしまったからだと言う。

旧約聖書だけを基準にすれば、イエスがメシアだとわかるのだそうだ。
それなのにユダヤ教運営の権威者の言葉に左右されてしまったのが
イエスへの評価を捻じ曲げてしまった。

権威者の言葉も、そのときの運営には必要だっただろうと思うので、
間違っているとは思わない。
しかし、神の言葉ではないということだろう。

同じことは、わが元教団の判教主派の人たちにもいえると思う。
教祖、明主様の言葉だけに基づけば、教主様は明主様のおっしゃることを
そのまま実行しているのに、なぜか反明主様であるかのような捉え方を
される向きがある。

反教主派の重鎮とか、過去の教団指導者を信奉する反教主派は少なくない。
重鎮、指導者の言葉は言葉として受け止めておいても、
基準として用いるのは、どこまでも教祖明主様の言葉だけにしたほうが
いいように思った。
c
childrenさん (7q3l7suk)2020/12/30 10:20
半島だったか、大陸だったかは覚えていないが、
とにかく科挙制度の国。
科挙は公務員を登用する試験なので、希望者が多ければ、
どんどん難しくなる。

というわけで、合格までには長年月を要することになる。
その結果、若い公務員はおらず、実際には高齢の人ばかりだったそうだ。
長年仕事もせず、勉強一筋。無収入のままで過ごすわけだから、公務員になってからは
その分を取り返そうとして賄賂が多発することになったという説がある。
ようやく手に入れた地位を守るためには、旧制度にしがみついていなければならないので、
社会はどんどん停滞していく。

よく自分が完成してから、神にお詫びし、天国に行くのだという意見を聞く。
そのために今は浄霊一筋だというのだ。
そうして長年月が過ぎていく。

メシアの救いは、神の救いを受け入れることで、いきなり天国に行ける。
神の救いを受け入れるというのは、いろんな側面があると思うが、
一つは、すべてを神にお返しすることだと思う。
神のお仕事に参加させていただくことで、罪が赦されるということだと思う。
若いうちに神の公務員になれるようなものだ。
返信18
c
childrenさん (7npsjat4)2020/9/15 21:58 (No.121879)
悪の源、発生源は、神を認めないことにある。
すべての悪は、神を認めないところから生まれる。

よく罪を清算しないで、どうして天国に行けるのか?
という非難を受ける。

教祖は、自然界に学べとおっしゃっている。
草木は、根っこを抜けば、放っておいても枯れる。
悪の発生源である神を認めない思想は、草木でいえば、根っこ。
根っこをなくしてしまえば、悪は放っておいても消えてしまう。

根っこを放置したまま、枝葉の悪、どういう罪があるとかないとか
いっても、徒労に終わるだけだと思う。
返信
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/6/9 17:41
今日も暑い一日だった。
昨日よりは、不快感が少し下がった気はするが、
慣れたせいだろう。

コロナ自粛化の不快は、人々をいさかか過激にする。
先行き不安が追い打ちをかけるからだろう。
口に出す出さないの別はあるけど、けっこう不安を抱えている人は多そうだ。
小生も、その一人だ。

なんとかしてあげたい気持ちにはなるが、よけいな世話になるだろう。
神様にお委ねできる立場がありがたい。

ほんとうにお委ねするしかないんだが、やはり嘘っぽい。
まだまだお委ねできれない部分があるということだろう。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/6/8 21:42
暑い一日だった。
連日35度を超える猛暑日のなかで、今日くらいの温度だったら、
快適と感じたはず。

何かを暑いと感じたり、寒いと感じるのは、相対的な感覚なんだろう。
いきなり35度になるのではなく、少しずつ少しずつ暑いなと感じる日々が
続いていけば、35度にもなんとか耐えられる。

いきなり天国を語ったとしても、反発は必至。
少しずつ、少しずつ反発してもらうことで、天国が当たり前になるのだと思う。
少しずつ、少しずつ……。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/6/4 23:52
公明選挙を嗤うという聖言に関した記述。
 いくら公明選挙といったところで、神があるということがわからなければ
 なんにもならない。

これを類推解釈すると、
 道徳、善行といったところで、神があることがわからなければ……。
となり、

さらに、
 いくら御用、浄霊をしたところで、神があることがわからなければ……。
となるのかもしれない。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/5/30 22:58
意外なことに、信者だからと言って、皆が皆、
神を信じているわけではないようだ。

わが教祖の聖業には、浄霊や自然農法など、いわば現当利益的要素が
ある。
そこにひかれて、入信し、信仰している気分になっているのだろうか。

しかし、それでいいのだろうか。
せっかく信仰しながら、神と出合っていないのは、もったいない。
いわば入り口に入っただけで、奥座敷には上がれないままなのと同じではないだろうか。
c
childrenさん (7vywzq1h)2021/5/10 16:16
不安や疑いは、だれにも起こると思う。
問題は、不安や疑いとどう向き合うかだろう。
不安や疑いが、次の不安や疑いを呼び覚ます行動、いわば不安や疑いの連鎖になりやすい
行動。
これだけは避けたいと思う。

聖書の一説らしいのだが、ある麦畑に毒麦を入れたことがわかった。
誰もが、毒麦を探して、麦を抜き去ろうとした。
その結果、麦は減少し、人々の食を賄えなくなった。

聖書によれば、収穫すれば、毒麦かどうかわかる。
速まって抜き去ってしまったために、健康な麦まで排除してしまい、結局、
自身の命まで危うくしてしまった。

不安や疑いが、次の不安や疑いを招いてしまわないようにしたいと思う。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/5/9 22:52
現在、教育関係、企業、官庁などに下心を持った勢力が浸透しつつあると言われている。
実際にどうかは知らないが、状況証拠としては、思いあたることが多すぎるくらい多い。
世間を騒がせている皇室の結婚問題にも、遠因には皇室が通う学校に下心勢力が浸透している
ところから、他大学に進学したことがあるという声もある。
まぁ、中枢に近いところを狙うだろうことは想像に難くない。

下心勢力が狙っているのは、宗教界も例外ではないとされる。
わが教団も、過去に経験しているところだ。
現在も、いろいろささやかれているところではある。
信じていても、心配する気持ちが起こらないでもない。

もし、教主様が、だまされていたら?

そんな思いを、主神様にお委ねした。
本当に黙れていたなら、主神様が黙っているはずはないと。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/4/16 22:08
なぜ神を認めないのだろうか。
無神論者は別として、有神論者とりわけ明主様信者のなかにも
神を認めない人がいるように思う。
認めないというより、信じていないといったほうが正確なんだろうが。

理由はいくつかあるにしても、一つはみ教えの捉え方ではないだろうか。
小生は、明主様のみ教えは神がこの世にいらっしゃることを伝えるために
み教えを述べられた。
お歌を含めた聖言だが。

根拠になるのは、私の言うことは歴史上最も難しい。理解できる人はいない。
すべてをご存じの存在がいることを知るだけでいい。という聖言だ。

聖言は、神を認めさせることを目的にしているので、神の視点だ。
それを人間の視点、つまり自分のものだとしてしまった点にあるような気がする。
つまり自分が神だから、わざわざ神を認める必要がなかったんじゃないかな、と。

み教えを知っただけで、会得したわけでもない。
それなのに、知り尽くしたように語る。
神でもないのに、神であるかのように振る舞う。
悪魔は、神のようになろうとした天使だという。
ちょっと似ている。
返信7
c
childrenさん (7n8omj3n)2020/9/3 22:37 (No.118058)
リニアをストップさせた静岡県知事、川勝平太氏が騒がれている。
リニアを停滞させたら、わが国も停滞する。
反対に、喜ぶ国もある。
この国と、同知事との関係が……。

この知事さん、庁内でも不審な事故が相次いでいるという。

静岡県と言えば、わが教団とは切っても切れない場所。
なんか、きな臭い。
返信
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/6/3 23:04
信仰的な意味があるのか、単なる一国民としての雑談かはわからないのだが、
古い機関誌に、こんな記述がある。

 まずは半島の統一が先、台湾問題というか大陸の問題解決は、その次。

昭和20年代の世相にかぎったものか、現在にも通用するものかも不明だ。
ただ、南がいくら媚びを売っても、媚びを売れば売るほど、北は遠ざかる。
その裏に、大陸の意図が働いているとしたら……なんて思わないでもない。
自国の充実が実現するまでは、何としても半島問題を継続させる必要があるという意図。

個人的には、半島なんてどうなってもいいんだが、香港や台湾の人たちが、それだけ長く
苦しむのかなと思うと気の毒に思ってしまう。
返信1
c
childrenさん (7p6omrul)2020/10/22 22:21 (No.132588)
キリスト教に入信する理由の一つは、罪が赦されたいからだそうだ。
懺悔とかして、赦されるからだとか。

同窓生の女性が言った。この女性の夫は、浮気経験がある。仕事面では、やり手だ。
「夫は、私にすべて話したことで、赦されたと思っている。でも、私は赦してないのよ、
今でも。安心しきっている態度を見るたび、憎しみがよみがえるのよね。口では何も言ってないけどね」

たしかに、メシアの御名の下で赦されると思う。
ただ悪の発生源である無心思想を何とかしない限り、本当の赦しなんてありえないのではないかと思う。

聞くところによれば、マフィアは、カソリック信者だとか。
当然、神の赦しを受け続けていることだろう。
その結果が、あれだ。

神の赦しを受けるということは、すべてが神のものだと認めることであり、
すべてを主神様にお返しすることではないかと思う。
返信
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/5/27 20:15
聖言には、日本民族は、大和、天孫、出雲、土匪で構成されているとある。
 また、イエスは出雲と縁の深い魂というものもある。

キリスト教では、メシアをイエスだとしている。
そのイエスが出雲と深い縁のある人物だとしたら、メシアが日本民族から出た
としても、受け入れられやすいのではないだろうか。

でも、無理だろうな。
明主様は、大和民族だし、
イエスを出雲とするのは、今のところ、ウリナラファンダジーだし。

ま、目に見えない世界のことだから、どうすることもできないことだった。
お委ねするしかない。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/5/26 21:02
一般に、ユダヤは神と契約した民族だと言われている。
これが事実だという前提だが、
契約は絶対だ。守られないと、さまざまな不利益を被る。
ユダヤがいろいろなことを成功させてきた大きな理由は、この契約を
守るという意識があったように思う。

だからこそ、神は、ユダヤ人に、メシア降誕の預言を与えた。
ユダヤ人の言ったことなら、絶対、実現するという信頼も、社会にあったであろう。
そして、ユダヤ人は土地を持てないから、いろいろな場所に移動する。
これで、メシア降誕の預言も広まりやすい。
預言を与えるには、それなりの合理的な理由があったのだと推測する。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/5/25 22:15
先進国と言われる国が増えている。
けれども、まだ、自ら開発していける国は少ないそうだ。
何かを発想し、進歩させていける能力を持った国のことだ。

もちろん日本は、その国の一つだ。
よく猿まねと言われたが、単なる真似ではなく、基になる技術を
進歩させていける能力があるからだ。

ところでユダヤも、その一つだと思う。
是非はさておき、いろいろなものを開発している。
一神教もそうだ。

ユダヤに始まる一神教、
その一神教を進歩させたのが、わが世界メシア教だと思う。
基になるユダヤの一神教の不合理な点をなくし、
真の意味で主神様を世に出すのが、わが世界メシア教だと自負している。
東方の日出る国から、スタートしているのだ。
返信3
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/5/4 09:22 (No.205192)
入信者数が堅調に推移しているようだ。

現在、世界メシア教の入信者は、すべて教主様から親授される。
入信式は全国、主要都市にある拠点、聖地を含めておそらく5~6カ所で
開催される。

そのため、毎回の入信者が基準数字に届かない場合は、わざわざ遠くの拠点に
行くか、次回まで見送りにするしかない。

入信者にとっては不便だし、コスト的にも従来より高くなる。
おまけに勧められての入信は、原則、認められない。
浄霊中心に運んだ入信も、原則、認められない。
せっかく本人が入信すると言っても、最終的に見送りになるので、
導き親も、勧めない、浄霊はしない、ように気を使っているなどという話も多い。

この体制で入信者数は堅調に推移していると聞いた。
いや従前を超える数字で来ているという声も少なくない。
世の中、神を求めている人は想像以上に多いということだろう。
返信
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/5/24 21:36
数にこだわることは、物質偏重。
世界メシア教は、入信者数にはこだわっていないようだ。
過去の教団では、月間などという入信数を増やす取り組みが行われていた。
これでは本当に信仰を求めている人ばかりではなく、
おつきあいでの入信が増えてしまう。
実際、そうだったと感じる。

その結果、神では、人を求める風潮が生まれた。
あの人についていく、この人はまちがっているなど……。
人への信仰が生まれてしまった。

たしかに、この風潮には加担したくない。
ただ堅調に、入信者数が増えていることは、やはり嬉しい。
返信1
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/3/29 19:32 (No.189515)
生まれ変わるのではなく、新しく生まれる。
輪廻転生はなくなる。

教主様がどのような意図で仰ったかは、いまいち、つかめずにいる。
ただ気になる。
我々は生まれたときから、生まれ変わると信じ込んでいたからだ。

ところで仏教では輪廻転生というが、神道では違うらしい。
ある神道家に聞いた話だが、個人がコップの水としたら、あの世はプール。
プールにコップ1杯の水を流しても、もうどの水が自分のコップの水かは
わからない。
そのうえで、新たなコップ1杯の水が汲みあげられて、生まれてくるという
説明だった。

教祖、明主様の聖言によれば、仏教は真如。真のごとくではあるが、真実ではないそうだ。
だとしたら、やっぱり神道の説明のほうが正しいということになる。
はてさて?
返信
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/5/21 20:32
「新しく生まれる」
これまで、自分自身が新しく生まれることだと思っていた。
しかし、どうやら、自分のなかに主神様が生まれることのようだ。

このほうが理解しやすい。
新しく生まれるといっても、もちろん無から有は生まれない。
元からいる主神様の分け御魂である本守護神。
本守護神がお働きになることであり、本守護神のお働きに気づくことでは
ないかと考えた。

本守護神が真に活性化すると、善とか悪とかは二の次の問題になりそうだ。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/4/1 21:46
やはり空想なんだが、
プールは1つなんだろうか。

高貴なプール、富裕なプール、優しいプール、正義なプール……、
いろいろなプールがあったりして、そのなかで最も素晴らしいのが、
主神様にすべてを委ねたプールかもしれない。

そして最後の審判とは、主神様にすべてを委ねたプール以外は消滅する
ということなのではないだろうか、と思ったりしている。
しかし、これは怖い。

小生は、すべてを委ねているんだが、親族や友人知人まで広げると、
そうはいかない。
なんとも怖い空想になってしまう。

力づくで委ねさせることはできないからだ。
心からのお委ねでなければ、主神様は受け入れないだろう。
なにせ、すべてをお見通しだからだ。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/3/31 20:58
どこまでも空想にすぎないのだが、
もしかすると、仏教時代というか仏教徒は、本当に輪廻転生を
繰り返していたのかもしれない。

消極的であったにしろ、釈迦も一応、否定はしなかったわけであるから。
前世の因縁を引きずっって生まれ変わり続けた。

そこにメシアの降誕で、神界のお働きが活性化した。
今までの輪廻転生を断ち切り、プールの水になって永遠の命を授かることになった。
これが、メシアの救いということ、かもしれないと。
そんなことを空想してみるんだが……。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/3/30 20:20
聞くところによれば、釈迦は、輪廻転生を説いてはいない
そうだ。

輪廻転生は、インド古来の土俗信仰にあったもの。
ただ、人を戒めるにはいい説だということで、その後の政治などでも
とくに否定されることはなかったというのである。

たしかに死んでしまえば、一切チャラとなれば、どんな悪事でもやってしまおう
という人が出たとしても不思議ではない。
その意味では、弊害のある説ではない。
嘘も方便の一環ということなのかもしれない。

かといって、ウソであれば、どうしようもない。
完全にウソとも言えない部分もある。
プールのなかのわずかな部分でも、自分の分子があるからだ。
わずかな分子でも、プール全体に、わずかな影響を与えることはまちがいない。

その意味でも、真如ということなのかしれない。
返信4
c
childrenさん (7os83eii)2020/10/12 19:29 (No.129231)
本年のノーベル物理学賞は、ブラックホール関連。
ブラックホールには、特異点があるそうだ。 シンギュラリティだ。

現在、この世の出来事は、一般相対性理論ですべて解決できる。
しかし、一般相対性理論では説明のつかない出来事があるという考え方だ。
この一般相対性理論の外との境界点が、特異点、シンギュラリティだ。

物理学者によれば、特異点は意外に多く発生しているという。

ブラックホールは、宇宙。
人は、小宇宙と言われる。
人間にも、特異点があってもおかしくないと思うのだ。

御教えにこう書いてあったとさもさも立派な信仰者のように他を批判する人がいる。
この世には、わからないことがたくさんある、言葉で表現できないことがたくさんある。
この姿勢を持たないと、とんだ思い違い人間になってしまうのではないだろうか。
返信
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/5/12 20:13
太陽が46億年といわれるほどエネルギーを発散し続けているのは、
核融合が行われているからだそうだ。

陽子のプラス極と、陽子のプラス極を近づけると、反発する。
そのとき多大なエネルギーが生まれる。
このN極とN極は反発するのだが、なかには融合するものもあるそうだ。

融合するために必要な温度は、数百万億度。
太陽の温度は、1500万度だから、融合はできない。
それでも融合するのは、トンネル効果があるからだといわれる。
トンネル効果とは、山を掘って向こうに抜けるトンネルのようなもの。

世界の宗教を統合するには、このトンネル効果みたいな働きが必要なのかなと
思ってみた。
それが何かまでは、わからないのだが。
返信1
c
childrenさん (7kgm9j3e)2020/6/25 21:54 (No.94610)
御教えの思い込み……具体例をあげてみる。
 ある掲示板の書き込みより

A「古代は兄と妹が結婚した。だから妻や恋人と妹という御教えがある。血が近い同士の結婚は
  問題がないということではないか。それどころか、ゆうしゅう血族結婚のほうが優秀な子どもがうまれる
  確立が高いという学者のデータもある」
B「いろんな血が混じるほど、優秀になるという御教えがある。だから、Aは間違いだ」

血族結婚を禁じる因習は世界的にみられる。
 これに対して、教祖は、「そんなのは因習にすぎないから、安心して結婚してかまわない。もちろん
 法律の範囲内だが」と言いたかったのではないだろうか。

また、国際結婚をきらう風潮もないではない。
 これに対して、教祖は、「そんなことはない。安心して国際結婚していいよ」
 と言いたかったのではないだろうか。

このように、自分が思い込んだみ教えを唯一絶対と決め込んでしまっているから、
争いが生まれるのだと思う。
返信
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/5/7 14:19
「21世紀に、天国」などという聖言があるんだが、
小生は、すっかり、西暦の紀元のことだと思い込んでしまっていた。
たしかに教主様により、天国に行くことが具体的に示されたので、
21世紀に天国は間違いとはいえまい。

想念についての話のなかで、「新しい紀元の誕生」という聖言があることを
知った。
想念のなかで天国に行くことによって、そこから新たな紀元がスタートするという
意味のようだ。

言い換えれば、自分のなかの天国を認めない限り、西暦3000年、5000年を迎えた
としても天国はやってこないというでもあるだろう。

もちろん、想念の天国ができれば、現実界にも反映しないはずはない。
霊主体従、想念の世界が現実界に映らないはずはないからだ。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/4/30 20:01
学歴不問。
意外に先見性があるかもしれないと思う。

思うに、現在、企業も人を育てる余裕がなくなったのか、
すでに出来上がった人材を雇う傾向がある。
とくに理系では、修士取得なしでは就職しにくくなていると聞く。

修士取得には、最短でも24歳。
この年まで社会に出ることなく、勉学一筋の人間が社会になじめるだろうか。
聞くところによれば、科挙の制度はどんどん難しくなり、合格者はかなりの高齢。
朝廷の役人は、年寄りばかりになっていたそうだ。
こんなところに国力低下の一因を見る思いだ。

若い人材を社会に出す。
勉強は、社会に出てからでもできる。
そのさきがけとして、教団も学歴不問で、若い人材を育ててほしいと思う。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/4/27 20:06
世界メシア教の職員募集。
 「国籍・学歴 不問」
世界布教を推進する教団として、国籍不問は当然だろう。

もう一つの、学歴不問。
これは明主様の聖言にも、現在教育の弊害を挙げるものはいくつかあり、
ここに基づいたものと思われる。

気を付けたいのは、学歴不問であり、知識を否定したものではないということだ。
もちろん確認したわけではないが。

以前、み教えに現代教育の弊害があるところから、「学毒」と称して、
現代教育の一切を否定した信者がいた。
聖言は、こうした短絡的な捉え方をされることがあるので怖い。

聖言のなかには、雑談としてのようだが、
 「女性でもやはりある程度の知識があるほうが、話していておもしろい」
という記述があった。

字句的に一部を取り上げて、解釈するのはミスの温床だと思う。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/4/26 20:42
昔のみ教えを拝読したら、こんな記述が目に留まった。
第三次戦争は、米ソの対立終結とともに、終わる。

現在、ソ連は解体し、ロシアになった。
そのロシアには、米国に対立するほどの力があるとは思えない。
かといって、第三次戦争の危機が回避されたとも思えない。
世界は、中国包囲網を強化しているし、中国に、米国に対立する力が
まったくないとも思えない。

このみ教えは、どう理解したらいいんだろ。
武力による戦争が終わったということだろうか、あるいは
世界中を巻き込む戦争は起こらないということだろうか。

それとも、ソ連というのは、単にシンボリックに表現されたにすぎないのだろうか。
み教えを真に理解することは、この上なく難しいことだと痛感する。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/4/5 19:50
実にありがちなこととして、人は自分の知っていることだけで
判断する。
自分が知りたい情報だけで判断しがちだ。
その方法でも、自分だけのうちにとどめておくなら、大した害はない。
あったとしても自業自得だ。

問題は、他者に被害を与える危険性がある事柄についても同様の方法を
用いる。この場合は、何をかいわんやだ。
神を信じる一人としては、実に怖ろしいことだをいわざるを得まい。

一部の信者に、やたら中島一斎先達をこけおろし、渋井総斎先達を
持ち上げる人がいる。
小生なども、渋井先達の流れを汲む教団から信仰に入ったので、そうわるい気はしない。
しかし神を信じる一人としては、わるい気がしないでは済まない。

春季大祭で久々に会った古くからの信者に、尋ねてみた。
その信者も、小生同様、渋井先達の流れに連なる人物だ。

「明主様は、中島先生のことを『あれほどの逸材は二度と出ないだろう』と仰っていたよ」

中島先達への批判のすべてが間違いではないとは言い切れないんだろうが、
明主様が中島先達を不世出の逸材と語っていたということもまた事実のようだ。
このことに触れず、非ばかりをあげつらうのは、とんでもない間違いだと思った。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/4/2 22:12
み教えの思い込みは、解釈の間違いばかりとはいえない。
み教えの一部を取り上げて、そこに集中し、他のみ教えは
見えなくなる。

つらつら思うに、教祖、明主様のみ教え、日常の言葉、歌や芸術など、
全体を見て、明主様を捉える信者はあまりいない。
かなり少ないというか、まず会ったことがない。

わが世界メシア教では、現在、み教えにかぎらず、歌や芸術、その他すべてを
捉えようということで、聖言(みことば)という名称を用いている。

自分の教団なので、ほめるのはいささか気が引けるのだが、
この教団の信者になれたことを誇りに思う。

今までのどの教団でも、メシアのご聖業に取り組んで、ここまで実現の
道筋を築きつつある教団はなかった。
どの教団もなぜか、「メシア」の部分には触れようとはしなかった。
それどこか、触れることを禁じる傾向さえ否めなかった。
それでいて、「明主様」を、さも知り尽くしたように語る。
さっぱり理解できない。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/2/21 22:35
医療を憎むのはおかしいとして、医療の害はたしかにあると思う。
信者でも多くが医療で命を落としているし、信者でない人ならなおさらだ。
昨日まであれほど元気だった人が、発熱し、熱を下げる医療を行ったとたん、
死に向かって急速に体力は衰えていったのを身近に見たこともある。

だから、たとえ命を落としたとしても、医療にかからずに人生をまっとうしたい
人まで、医療を強制するのはおかしいと思う。
医療拒否が正当化される社会が一日も早く訪れることを願うばかりだ。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/2/20 19:01
いや、ナカムラ総長以外にも、贖った先達はいるかもしれない。
そう遠くない過去にも。
医療にかかりながら、命を落としてしまった先達だ。

教団では、いつの間にか医薬を憎む風潮が生まれた。
教祖、明主様はたしかに医薬の害について知らせた。
その害の部分が強調して伝播し、必要以上に医薬を憎むようになってしまったのだ。

しかし、その医薬による害も、主神様が赦したものだ。
そこへの配慮がなさすぎた。
そのことへの贖いとして、医療にかかりながら生命を閉じたのではないかと思わないでもない。

医療にかかりたいと考えていた先達はそれでいい。自分で選んだ結末だから。
こうした先達のなかには、医療にかからないで死んだとしてそれを受け入れようと考えていた人も
いると思う。
そして、数字的なものはなくても、医療にかからないほうが治癒率が高いことを皮膚感覚で感じ
とっていた人もいたようにも思う。

それを承知であえて、医療にかかる道を選んだのは、いわば贖い。
医療を憎み過ぎた罪を一身に背負って、医療にかかる道を選んだのではないかと
思ったりするのだ。
社会的な誤解を避けるという名目で。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/2/17 18:45
なぜ、ナカムラ総長を、イエスに例えたか。
当時、教団は、思わしくない団体と関わっていた。
当然、そこからの恩恵を受けていたようだ。
教団未曽有の危機を回避してくれたということはよく言われていた。
おそらく本当のことだと思う。

それがきっかけで、教団からも多大な恩恵を与えていた。
あたかも、教団を陰で支配するような立場にいたのではないだろうか。

専従者も、信者も、多くは、この団体によくない感情を抱いていた。
しかし、誰も、思ってだっては、不満を言う人はいなかった。

この状況下で、その団体に鈴をつけたのが、ナカムラだった。
最初はナカムラの功績をたたえたものの、しばらくするとナカムラを排除しようとする
動きが始まった。
その結果、ナカムラは、無実の罪を着せられることになる。
のちに冤罪だとわかるのだが、そのときは、教団幹部はこの事実を信者から隠し始めた。

いわば教団の罪を、贖うような役割を担ったのが、ナカムラ総長だったと考えているのだ。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/2/16 22:23
御教えには、
「イエスは、スサノオの御魂」という記述がある。
教祖がどういうご意図で著わされたのかは定かではないが、いずれにしても
主神様のお立場で見たことだと考えている。
なぜなら、小生ら人間には、誰がどんな御魂を持っているか、誰の生まれ変わりかは
わからないからだ。

にもかかわらず、スサノオはやんちゃな神様だからと、イエスを軽んじる傾向がないこともない。
恥ずかしながら、小生もそういう思いがなかったわけではない。

イエスとの呼応を打ち出している現在、これまでの考え方は一掃された。
イエスだって人間として生きた部分がある。
一人の人間として、全人類の罪を贖うなんてことできるか!?
いくら神様のご意図だからといって、とてもできそうもない。
その偉業を成し遂げたイエスを軽んじるなんて、とんでもない思い違いだったとな。

元わが教団を見回してみても、自分を犠牲にして神のご意図に従った人物そがいるだろうか。
いるとしたらナカムラ総長くらいなんだが、そのナカムラ総長を元わが教団は裏切った。
ナカムラ総長の唯一のミスは、教主を受け入れなかったことくらいだと捉えている。

ほかにいるとしたら、現教主様だろう。
ナカムラ総長ゆかりの主の光教団が、現教主様をいただいている現状を思うとき、
イエスと明主様の呼応と重ならなくもない。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/2/15 19:43
ご聖言、み教えとも呼ばれていた。
これをあたかもHOW TO本に向かうような読み方をする信者は意外に多い。

しかし、ご聖言は、教祖明主様が、神様のことを記述したものだと思う。
小生ら人間に、神様を知らせたくて記したものだと思う。

HOW TO本扱いするには、違う気がする。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/1/13 20:19
教祖、明主様は、人をほめるときは、非常に小さな声で、
その人だけに聞こえるように言っていた。
対して、叱るときは、みんなに聞こえるほど大きな声だった。
これは側近奉仕者の述懐なので、真偽のほどは確かめることはできない。

そして、このことの是非も、ここでは置いておきたい。

ただ当時の幹部たちのなかには、自分は明主様に認められていたように話す例は
よくある。
また、あの幹部は、明主様に信頼されていたという声もよく聞く。

反対に、あの人は明主様から疎まれていたという声も非常によく耳にする。
その代表例が、二代教主様だ。

しかし、冒頭の述懐からすると、明主様のご意図は、疎まれていたかのように見える
人ほど、信頼していたということも考えられる。
トップに立つ人はとかく、自分の身近な人を持ち上げることはしないものだ。
そう考えると、二代教主様批判はどうやら怪しくなってなってきた……。
c
childrenさん (7pdnz8a1)2020/10/27 19:37
神は、その時代に応じて、必要な人間を与えたもう。
御教えだって、同じだと思う。
その時代に応じて、必要な教え、救いを与えると思う。

それがイエスであり、マホメットであり、釈迦であったりというわけだ。

そして天国の実現がせまったとき、明主様をお与えくださった。
その明主様の教えや救いも、その時代に合わせて必要な範囲でお与えされていく。
その人が思い込んだみ教えも、その時代には必要であったのだろう。
たとえ間違った解釈であったとしてもだ。

ただ間違いに気づいたら、即座に改めていくことが不可欠だと思う。
間違いに気づく方法?
日々の祈りだと思う。
主神様とつながっていれば、主神様は間違いに気づかせて切れないはずはないと思う。
返信13
c
childrenさん (7mj0qgea)2020/8/16 23:34 (No.112727)
新しいことに出合うと、最初から疑ってかかる傾向がある。
もちろん小生も、その一人だ。

だが、疑いは心の奥深くひそめておく。
まず否定から入った場合、あとで素晴らしいものであることがわかったとき、
取り返しがつかない。

小生だって、疑われる場に回ることはある。
その不快は心に秘めておくが、けっして忘れることはない。

みんながいいと言い出した時点で、とりいってきても、遅いのだ。
返信
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/3/22 19:25
人間が大乗的に行動すると、社会人として生きていけるのだろうか。
いつも例に挙げて申し訳ないが、尾行・盗聴・盗撮。
社会人として、こうした行為を許容するように、困ったときは犯罪に手を染める
ようになる。
 大乗的にとらえて、神様がそうするように仕向けたのだという理屈をつけて。

大乗とは、やはり神様のご経綸、あるいは他者を責めたくなったときに、視点を
変えて考えてみる。

原則、この方針で行くほうが賢明な気がする。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/3/21 19:48
教祖、明主様が神様を教えてくだったとしたら、
いろいろなことが変ってくる。
大乗と小乗もその一つだろう。

神様のことは大乗的に見なければわからない。
小乗の善は大乗の悪。

これを信者の行動への教えだとしたら、悪事を正当化することになる。
大乗の善だからと言い訳し、小乗の悪をやらかす。
そんなことを明主様がおしゃるだろうか?

ありえない。

あくまでも大乗的に見なければならないのは、「神様のこと」。
小乗的に見て、人を裁くとまちがうよ。
そういうことではなかったかと思う。

人間に向けて、人間の行動をああしろ、こうしろとはおっしゃらないと考える。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/3/20 14:18
次のステップに上れる人、上れない人があるかもしれない。
メシアのご聖業においてもだ。

教祖、明主様は紙が此の世にいらっしゃることを伝えてくださった。
その神に仕える人としての在り方を伝えてくださったのが、
教祖の聖業を継ぐ存在である代々の教主様だ。

教祖の誓言によれば、神とはどのような存在を真に伝える信仰はまだなかった。
そして当然、人として神にどう使えるかを伝える信仰もまだなかった。

誰も経験したことのないことをやろうとしているのが、わが世界メシア教だ。
理解できる人、受け入れられる人もいれば、
理解できないからといって否定する人、それ以上に危害を与えようとしている
人までいる。

歴史の一コマとしての現在だろう。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/2/23 19:31
文法のある言葉を持っているのは、人間だけとか。
人間には生まれつき言語能力が備わっているそうだ。

人間の言語能力は、最初に身に付けた言語を習得したとき、
ストップするらしい。
あとは、努力して身に付けるしかないということになる。

つまり日本語を身に付けた小生たち日本人は、最初に日本語を
身に付ける。
あとの英語やフランス語などは、努力しなければ身に付かないということだ。

信仰なども同じで、最初に身に付けた信仰から、次のステップに行くには、
努力が必要ということかもしれない。
返信4
c
childrenさん (7q3l7suk)2020/12/17 20:07 (No.151677)
赦され、救われた者。
社会に対して、迷惑をかけた過去は、メシアによって、すべて赦された。
だから、気にすることはない。

たしかに、その通りだとは思う。
だが、しっくり来ないものがある。

小生は思うんだが、
赦したのは、主神様であって、
社会や人間ではない。
だから、社会や人間に対しては、やはり配慮が必要だと思う。

もちろん必要以上に卑屈になるのは論外としても、だが。

主神様が赦したのだから、社会や人間に赦しを強制することはあってはおもしろくないと思うのだ。
返信
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/1/31 22:47
天国はすでに出来ている。
ただ、天国を受け入れる人はまだ少ない。

いろいろなキリスト者の見解を総合的に捉えてみると、
神は人間のほうから近づいていかないといけない存在らしい。
たしかに主神様は、メシアを降臨させて、神が赦していることを知らせた。
人間が、その知らせを信じ、受け入れていかないかぎり、神のほうから
無理やり受け入れさせるようなことはないようだ。

神は民主的というか、人間の自由を尊重するってことかも。
自由に選んだ結果の責任は、人間が背負っていくということだろう。
すべて自己責任というわけだ。
c
childrenさん (7q3l7suk)2021/1/11 15:07
昨秋、大けがをしたせいか、小生は主神様を畏怖する気持ちが強くなっている。
神は愛だと思う気持ちに変わりはないし、大けが以来、全体としていい方向にある
ことは事実なのだが……。

日本では昔から、戦に負けても、住民や一般の武士が奴隷にされたりすることはない。
処刑されたりするのは、一応、トップとその側近のみ。
そ、トップ層は、そのまま赦されることは滅多にない。

だから、赦され救われて神の国の住人になるにも、トップ層は何らかの処罰があるのではないかと
いうこと。
イエスが磔になって、皆の罪を贖ったように。

わが元教団でも、メシアのご神業に入る直前に、1人のトップが急死した。
これは贖いではなかったのか?
この贖いがあったからこそ、この教団からは多数の信者がメシアのご神業に入ることはできた。

これは大きな型だが、信者個人としても、新たな世界に入るためには、それなりの贖いがあるのではないか?
これまで浄化と呼ばれた現象でもあるのだろうが。
神は愛だが、やはり厳しい。
返信2

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